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海賊放送と不慮の出来事

 位置の特定を少しでも遅らせる為に放送開始直後から街中の屋根を跳びまわっていたアイリスは、今、街の外に向かって走っていた。


 既に放送用の電波はアンテナに届いていないが、それを気にする余裕は、今のアイリスに存在しない。


「あぁ、もう!」


 アイリスが追いかけているのは、1台の荷馬車だ。

 ホロ付であるが故にその内部を見る事は叶わないが、アイリスは積み込まれる子供達をばっちり確認してしまった。同時に積み込んでいた男とも目が合い、逃げ出した荷馬車を追い始めて今に至ると言う訳だ。


 徐々に引き離されて行くアイリスは、焦る気持ち宥めながらどうするべきかと思考し続ける。

 仮に追いついたとしても、複数の人間を相手に正面から立ち向かえる能力は、アイリスにはない。子供たちの救出何て言うものが加われば、尚更だ。


「どうすれば……」

『どうもしなくていい』


 通信機から聞こえた声に、アイリスは目を見開き、その場で立ち止まる。

 そして先ほど情報を端的に伝えておいた相棒の、良く言えば冷静な、悪く言えば冷淡な判断に、頭に血がのぼって行く事を自覚する。


「ヤトっ!」

『名前は出すな。とりあえず戻れ』

「あの子達を見捨てろって言うの!?」


 あの子達、等と言う言葉を使ったアイリスだが、攫われた子供達との面識はない。夜型生活をしている上に、隠れて暮らしているのだから、当然と言えば当然だ。

 縁も所縁もない相手よりもアイリスの安全を優先すると言うヤトの判断は、間違っていない。彼女が駆けつけても何も出来ないだろうと言う意味でも。


 しかしアイリスはそう考えなかった。

 攫われた相手は同じ街の住人であり、海賊放送のリスナー。だから助けるのは当然だ、と。そう考えていた。


『公安警察に連絡しておく』

「あ」

『連絡はこっちでしておく。だからアイリスは戻れ』


 そんなヤトの命令は、アイリスの耳には届かない。

 彼女の頭は既に、公安警察の人達なら子供達を救えるはずだ言う、そんな希望的観測で埋め尽くされていた。


「私、いって来る!」

『ダメだ、戻れ!』

「ヤダ!」


 このまま言い合いを続ければ、最終的には言いくるめられてしまう。

 そう考えたアイリスは、通信機のスイッチをオフにする為、手を伸ばす。


 スイッチに手が触れ、最後に『待て、む』と言う言葉を残して通信機の電源が落ちる。

 そしてすぐさま公安警察の誰かを捕まえようと走り出したアイリスは、はたと気づく。どこにその相手がいるのか判らない、と。


 ともかく、アンテナ付近まで行けば誰かいるだろう。

 アイリスはそんな風に考えながら、何時もなら嫌でも追いかけて来る相手が大事な時に居ないと言う事に腹を立てていた。それが如何に理不尽な怒りであるのか、などと考えもせず。


「……あ」


 屋根の上から降り、地上を走っていたアイリスは、見知った人影を見つけ、反射的に物陰へと身を隠す。

 すぐに自分のそんな行動が目的と真逆である事は理解したアイリスだが、それにも関わらずそこから飛び出す事に躊躇してしまう。


 そこに居たのは、例の少尉だった。アイリスが何の備えも無く相対すれば捕まってしまう可能背が高い相手、と言い換えてもいい。

 彼以外の人物であれば、情報を伝え、ダメなら逃げて他を探すと言う手も使える。もしくは、逃げながら呼びかけると言う手もある。


 だがしかし、あの少尉にだけはそれが出来る気はしなかった。捕まってしまえば話も出来るとも考えられるが、そもそもそうなれば話を聞いてくれるかすら怪しい。


「でも、逆に言えば一番頼もしいって事だよね」


 自分に言い聞かせる様にそう口にしたアイリスは、覚悟を決めて物陰から躍り出る。

 この時、アイリスに物陰から声をかけると言う選択肢は存在しなかった。正確には、そんな方法は頭に思い浮かんでいなかった。


「少尉さん!」

「ん? む、うぉぉ」


 突然目の前に現れたアイリスに、少尉は驚きつつもすぐ様抜刀出来る様に軍刀に手をかけている。

 その抜け目ない反射に気付く事なく、アイリスはただ必死に己の伝えたい事実を矢継ぎ早に口にしていく。


「子供達が攫われちゃった! 助けて!」

「何ぃ!?」


 夜の街で上げてはならないレベルの音量の叫びに、アイリスは驚きながらも安堵すると同時に歓喜も感じていた。話を聞いてくれる、と言う事実は人と触れ合う事の少ないアイリスにとって、こんな状況であっても貴重な事だ。


「む、それもそうか」

「少尉さん、早く早く!」


 ナビゲートは自分がすると言外に告げながら、アイリスは一歩目を踏み出す為に踵を返す。

 しかし少尉の方からそれに続く気配が感じられず、アイリスが振り返るとそこには何か悩んでいる少尉の姿があった。


 そんな時間すら惜しいと考えるアイリスは、先程までと違う少尉の行動に苛立ちを感じ、思わず声を荒げてしまう。


「何してるの少尉さん!」

「いや、だがなアリス嬢。我らの関係を考えれば、そう安々と信じる訳にもいかんだろう」


 少尉のもっともな言葉に、しかしアイリスは2つの意味でむっとする。

 アイリスは今はそんな事よりもと、第一声と今の言動の差異がどう言った理由で発生したのかを考える。


 そしてその答えは、アイリスが考え終えるより早く、難しい顔をした少尉の口からもたらされる事となる。


「身元不明の犯罪者の言葉を信じるのは危険だ罠だと、部下が煩くてな」

「!?」


 その口ぶりから、少尉自身は自分を信じてくれているのだと感じ取ったアイリスは、迷うことなく、感情の赴くままに行動を開始していた。


 右手でフード付きの黒コートを脱ぎ捨て、直後に左手でヘッドセットと金色のウィッグも投げ捨てる。


「なっ」


 息を飲む少尉の目に映ったのは、白い少女の姿だ。


 白い髪。白い肌。

 紅い目と黒い服がそれを更に際立たせており、少尉は一瞬その姿に見惚れ、神秘的だとさえ感じていた。


「アイリス・シラネ!」


 そう叫んだ声で我に返った少尉に向かって投げ捨てられたコートが風に乗り、彼の視界の端で落下する。その間も、彼の目はじっとアイリスを見つめている。


「同じサウスに住む仲間として、お願いします。

 攫われた子供を助けてくださいっ」


 その言葉に、行動に、少尉の心が動かなかった訳ではない。

 しかし彼は軍人だった。最初に感情で動けて居れば良かったのだが、残念な事に耳元では冷静な進言が続いており、そうなれば軍人の本分を全うしない訳にはいかない。そう考える程度に、少尉は真面目な軍人だった。


「だが君は犯罪者だ、アリス嬢」

「―――っ!?」


 睨みつけるアイリスの目に気圧されたと言う訳ではない。それでも少尉は、今すぐ飛び掛かり、捕縛しようとは考えられないでいた。

 目の前の少女は嘘を吐いていない。そんな風に、直感してしまったせいで。


「私の名前はアイリス! アリスなんかじゃない!」

「そんな詭弁は通らんのだよ、アリス嬢」


 眼前の少女は犯罪者だ。そう己と相手に言い聞かせる為の言葉を吐きながらも、少尉の心は揺れていた。

 しかしそんな感情を押し通してしまいたいと少尉が考えている事など知る由もないアイリスは、そこが限界だった。


「アリスアリスって、そんなにアリスが好きならずっと電波でも追っかけてろ、ばか少尉!」


 感情の爆発に乗せてそう吐き捨てると、アイリスは今度こそ踵を返してその場を後にする。

 通信機から繋がったコードに、ウィッグの引っかかったヘッドセットをぶらさげていると言う、少し間抜けな格好で。


 それを茫然と見送った少尉が、一度捕縛してから話を聞けばよかったのだと気付いたのは、部下から匿名の通報があったと言う内容の通信が送られてきた後だった。

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