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公安警察のお仕事

 海賊放送をあと一歩のところで逃がした次の日、タルトは街中の警邏に駆り出されていた。


「あの、何故私まで?」

「うむ。実はな、人手が足りんのだ」


 昼を過ぎた頃、公安警察に出勤したタルトは、ハッターの言葉に昨夜の出来事を思い出す。

 閃光。爆音。

 前者は兎も角、後者の影響で僅かに頭痛がすると本日休みを取った者が多く、食堂には何時もより少ない人数しかいなかった。


「あのー、私も被害を受けたんですが」

「はっは、何を言う。俺もだ」


 言われて、タルトははたと気づく。ハッターが一番近くに居たのだから、被害も相対的に大きかったに違いない、と。

 しかし実際にはあの爆音を起したのは少女ではないのでそれは間違いなのだが、彼女はそれに気付けない。ついでに、音がした瞬間に超反応でヘッドセットをむしり取ったハッターは、むしろ被害が少なかったりもしたが、やはりそれにも気づいていない。


 ちなみに、タルトは自分の機器にある最新かつマイナーな機能を盛り込んでいた為、被害は少ない。その旨、報告書には記されているのだが、ハッターはまだ1枚目の報告書すら目を通していないので、知る由もない。


「最近の若い連中は不甲斐無いな」

「じゃあ、私も休んでいいですか?」

「あのジャーク少佐の娘が何を言うか」


 がははと笑うハッターに、タルトは別の意味で頭が痛くなる。

 一応上司であるハッターに敬意は持っているタルトだが、一々敬語を使う事はしなくなった。丁寧に話す事は止めていないが、遠まわしな言い方は聞き返されるだけで無意味だと短い付き合いで理解したが故の判断だ。


「ところで、何で私と少尉だけなんですか?」

「ふむ、それはな。我々の任務は海賊放送の調査だからだ」


 その発言に首を傾げながら、タルトは先ほど、署を出る前に告げられた言葉を思い出す。今日は誘拐犯の捜査の手伝いだ、間借りしているからにはたまには役に立たんとな、と言う言葉を。


「少尉、最近物忘れが酷かったりしますか?」

「言う様になったな、ジャーク候補生。

 単なる建前だ。軍の者が公安警察の指揮下に入るのは、お互いの為にならんだろう?」


 説明を受け、タルトは合点がいったと納得顔になる。

 別の組織の人間が内部へ入り込むと、様々な問題が生じる。それを回避する為に、たまたま捜査中に遭遇したと言う建前を作っておく。確かに、色々な手続きを飛ばす為には、良い手段であると言える。


「それにしても、今日はやけに、なんだ、あれだな」

「不穏、ですか?」

「あぁ、それだ」


 辺りの景色は何時もと同じ様で、しかしどこか違和感を感じていたタルトは、自分で口にしておきながらそれだけではないと感じていた。


 そんな中であえてその言葉を選んだのは、遠巻きに2人を見ている人間が多数存在する事が判ったからだ。しかし、話しかけて来る者はいない。

 そんな扱いを受ける心当たりのなかったタルトは、まさかハッターが何かしでかしたのではと失礼な疑いを思い浮べながら、ちらりと顔を見上げる。


「む、行くぞ」

「へ? あ、はい!」


 急に駆け出したハッターを追って入った裏路地では、2人の男性が言い争いをしていた。掴みかかる一歩手前と言う雰囲気の2人を見て、タルトは見覚えがあるような気がして、目を細める。


「何をしておる!」

「なんだよ、お前にゃ関係、って、少尉さんじゃねーか」

「ちっ、軍人かよ」


 別の反応を返す2人は、金髪と黒髪の男だった。

 それをじっと見つめていたタルトは、ふと思い出す。ヤトと歩いていた時に見た、仲良さ気な男性2人とよく似ている、と。あの時の仲の良い雰囲気と、今の険悪な対立関係が結びつかず、ぴんとこなかったタルトだが、金髪の男の表情が緩んだおかげで気づく事が出来た。


「何があった?」

「あん、軍人さんにゃ関係ねぇよ」

「悪い、少尉さん。見逃しちゃくれねぇか?」


 対立はしていても、大事にはしたくない。そんな些細な諍いだったのだろうと予測しながらも、タルトは上司がこの場をどう判断するのか、興味深げにその背中を見つめる。

 規則に従えば、身柄を確保し、問題ありと判断した場合は捕縛し連行、そこまでの必要が無ければ公安警察の人間を呼んで調書を取らせると言うのが正解だ。


「むぅ、しかしだな。またやりあうつもりなら止めざるを得んぞ?」

「いやいや、それには及ばねぇよ。ちぃっとお互い、ぴりぴりしててかっとなっただけさ。なぁ?」

「ん、あぁ、そうだな。確かになんかこう、街全体が、なぁ?」


 先ほどまで険悪だった黒髪の男も、金髪の男の言葉でようやく態度を軟化させる。

 彼らが口にした事はタルトも感じていた事ではあるが、どうやら男達も漠然と感じているだけで原因までは判らない様だ。彼らの口ぶりからそう予測を立てながら、タルトは相変わらず黙ってその場の観察を続ける。


「そう言う事なら、俺は見なかった事にしよう」

「助かるよ、少尉さん」

「わりぃ、助かる」

「ただし、次に見かけたら問答無用だぞ?」


 にやりと笑うハッター。

 それに釣られて2人も笑い、タルトはふうと息を吐く。

 その後、可愛い姉ちゃん連れてんじゃないかと絡まれたりもしながら、その場を後にするとパトロールを再開する。


 十分ほど歩いた頃、タルトはまた細い路地に向かうハッターの後を追いかけていた。


「てめぇらが攫ったに違いねぇんだよ!」

「なんだと、コラ!」

「やめんか!」


 既に掴みかかり、取っ組み合いになっている2人の男をハッターが無理やり引っぺがす。

 お互いにひっかき傷を負いながらもまだ戦意は萎えていない様子の2人を、こちらも2人で1人ずつ抑え込んだ頃、騒ぎを聞きつけた公安警察の署員が現れ、その場を引き渡す。


「助かりました。今日はこんな事件がもう何件も起きてまして」

「そうなのか?」

「えぇ。どうやら、南部諸国の人間が子供を攫っている、なんて噂が立ってるみたいでして」


 その言葉に、タルトは今まで感じていた空気の正体にようやく気付く事が出来た。

 よく思い出してみれば、今日に限って何故か、何時もは2つの人種が入り混じる大通りが綺麗に色分けされたように分かれていた。そして、お互いに僅かながら距離を取っている様にも。


「噂はそれだけか?」

「いえ、その」

「はっきり言え」

「えっと、実は、軍の陰謀なのではないかと言う噂も」


 何だそりゃ、と言うのがタルトが真っ先に浮かんだ感想だった。

 軍は確かに、秘密主義だ。情報統制も、規制も行うし、内密に様々な任務を行う事がある。


 だからと言って、自国民をこっそりと攫う理由は無い、はずだ。タルトは確信出来ないながらも、そう考えていた。


「それであの視線か」

「えーっと、何ででしょうか?」


 納得しているハッターの横からひょこりと顔を出し、質問をぶつける。

 すると今まで黙っていたタルトが突然動いた事に驚いた署員が、それ以外の理由もあり少し慌てて、言い繕うように説明を口にする。


「あ、その、少尉殿が行ってすぐに被害者が見つかった事と、戻って来てからサウスで被害者が出たのでそれを関連付けて、そのせいではないかと言う輩が」

「色々と無理がありますけど、確かにそこだけ見れば怪しく見えなくもない、のかな?」


 微妙に納得できないと言う表情のタルトに、苦笑いする署員はそれ以上何も語らなかった。そしてこれ以上は問う意味が無いと考えたタルトも、元の位置に戻ると再び口を閉ざす。


「それは兎も角、この場は任せても良いか?」

「えぇ、もちろんです」


 こうして午後一杯を捜索に費やしたタルトとハッターは、数時間で5件と言う膨大な量の諍いや問題に遭遇する事となる。



 次の日、タルトは午前中を前日に引き続いてハッターと共に捜査に費やし、その後他の用件があると昼前に彼と別れると、途方に暮れていた。


 どこかの班に合流するのは、問題になる可能性を考えるとなるべくやりたくない。だからと言って、捜査を放棄するのは、命令違反を犯す様で気が進まない。

 普段ならば問題無い街の巡回は、現在、軍人でありながらあまり腕に覚えがないタルトにとって危険だらけの場所だった。


 逆恨みで襲撃を受けたりすれば、3人以上に対しては逃げる事も儘なら無いのでは、と言うのがタルトの自己評価だった。


「あ、タルト。何してるの?」

「あ、や、ヤトさーん」


 困ったところに現れた、この街で唯一と言ってもいい程希少な友人関係の相手が登場した事で、タルトは思わず涙目になってしまう。

 そんな反応に引く事もなく、笑って、どうしたの、と微笑みかけられ、タルトは思わず抱きついてしまいたい衝動に駆られるが、ぐっと我慢して手を取るだけに納める。


「暇だったらお昼でも一緒にどう?」

「いいんですか!?」

「うん。って、もしかしてタルトは仕事中だった?」

「そうですけど、お昼休みにするので問題ないです!」


 縋るように手を掴まれ、苦笑するヤト。

 そんな風にしながらも、ヤトはお勧めだと言う店にタルトを誘うと、安くておいしいと言うランチメニューを注文する。当然のように、タルトも同じメニューだ。


「あの、ヤトさんは今日お休みなんですか?」

「んー、とりあえず午後からタルトに付き合うくらいの時間はある、かな」


 曖昧な返事の中で、タルトは一縷の望みとも言える言う言葉だけを都合よく抽出して、考える。

 どうすれば1人で捜査などと言う危険を冒さずに済むのか、もしくはその危険度を下げるにはどうすれば良いのか。


 その方法は、前者ならば迷惑をかける事を承知でヤトに手伝いを申し込む、後者ならば比較的安全そうな地域をヤトから聞き出す。

 後者は捜査の意味が無くなりそうだから、と言い訳したタルトが選んだのは、前者の方だ。


「あのヤトさん。お暇なら少し付き合って貰えませんか?」

「ん、何を? と、言うかタルトに付き合ってなんて言われると、変な意味でどきどきしそう」

「も、もう。茶化さないで下さい」


 ぷくっと頬を膨らませたタルトに、ヤトがごめんごめんと謝罪する。無防備な仕草に冗談でなく、しかし変な意味ではなくどきりとしながら。

 そしてそれをおくびにも出さず「お詫びに午後は付き合うからさ」と言われ、ヤトが自然に提案を受け入れる為にそう言った態度を取ってくれたのだと、タルトの頬がほころぶ。


 実際には単純にからかうのが楽しかっただけなのだが、それは知らぬが花と言うモノである。


「で、何するの?」

「誘拐事件の捜査です」


 タルトが声のトーンを落としながらそう告げると、ヤトの目が細められ、真剣なものへと変わる。

 その反応を見て、無暗に言いふらしたりはしなさそうだと、タルトは手伝って貰う人員として問題無い事を再確認する。


「大丈夫なの?」

「はい、このくらいなら」


 それは機密的な事を自分に教えても良いのかと尋ねると言う意味合いの質問であり、タルトがマズイと言えば聞かなかった事にしようと言うヤトの心遣いだった。

 それが嬉しくてついつい余計な事をしゃべってしまいそうだと思ったタルトは、それを未然に防ぐと言う意味も含めて、率直にその方法へと話題を移す。


「私も私服に着替えて来ますので、2人で街を散策しましょう」

「いや、別の意味で大丈夫なの?」

「囮捜査、みたいなものです。軍服を着て歩いていても、警戒されるだけですから」


 それは完全に取ってつけた理由ではあったが、説得力はあったらしく、ヤトは神妙に頷いた。

 そんな事をしている内に注文した品が届き、話題は安くておいしいこの店のランチへと移行して行くのだった。


 昼食を終えると、一度署に戻ると言うタルトの提案をヤトが楽しそうな顔で却下し、2人は古着屋へとやって来た。


「わ、これ、すごく安いですね」

「その辺は結構臭うからお勧めしないけど、タルトは平気?」


 ヤトの指摘に、タルトはすんすんと鼻を鳴らし、顔を顰める。

 ここにやって来たのは、タルトの服を調達する為であり、ついでにぶらぶらと買い物をすると言う目的の一番目でもある。


 良い家のお嬢さんだけあって、服は新品が基本だったタルトは、物珍しさもあって楽しそうに服を物色している。


「うぅ、止めときます」

「そうすると、この辺はどう?」


 ヤトが差し出したのは、膝が隠れるくらいの長さのスカートに、ノースリーブのブラウスだった。今日は陽気が良いとは言え、さすがにそれだけでは色々な意味でマズイので、薄手のカーディガンもセットだ。


「えっと、それはちょっと」

「まぁまぁ、とりあえず着て見よ?」


 店員に視線を送り、了承を取り付けるとヤトはタルトを試着室へと押し込む。

 タルトは散々悩んだ挙句、しぶしぶと軍服に手をかけると、そのまま下着姿になる。その時点で、上下どちらかを脱いだ時点で試着用の服を着るべきだったと、こんなあられもない姿になるべきではなかったと気付いたタルトだが、既に遅い。


「タルト、どう?」

「わ、わ、待って下さい、開けないでください」

「それは開けろって言う前振り?」

「ちちちち、違います」

「着替えたけど恥ずかしいから見せたくないとか?」


 その言葉に、タルトは慌てる。

 もしヤトが本当にそんな誤解をしているのであれば、今すぐにでも目の前のカーテン――試着室と外を遮る唯一の物――を取り去ってしまう可能性が在る。


「カウント、10」

「待って下さい待って下さい」

「心の準備なら大丈夫だって。9~」


 そうじゃないんです、と叫びたい衝動に駆られながらも、そんな事よりこんな姿をさらす訳にはいかないと慌てて服を着て行く。タルトの記憶が正しければ、外には男性客もいたはずであり、衆人環視の中で下着姿を晒すなんて事は、何が何でも回避しなければならない。そう考えれば考えるほど、焦りで上手く服が着れず、更に慌てると言う悪循環に陥ってしまう。


「1~、0~」

「わ、わ、わ、」

「って、本当に開けたりはしないけど」

「わあぁぁ、って、へ?」


 そこでようやく、からかわれたのだと言う事を理解したタルトは、顔を真っ赤にして涙目でカーテンを睨みつける。そして衝動的に、まだボタンを留め切っていないブラウスと、太腿に引っかかっているスカートの存在も忘れ、カーテンの向こうに居るヤトを睨みつけてしまう。自らの手で、カーテンを開けて。


「ヤトさん!」

「あー、タルト。それはちょっとサービスし過ぎじゃない?」


 頭に血がのぼっていたタルトは、ヤトの言葉にそれが急速に冷めて行くのを感じていた。

 幸運な事に、ヤトがカーテンの近くに立っているのでその後ろに居る客たちの視線はある程度遮られているが、逆に言えばヤトには丸見えだ。


「ぎひゃぁあ」

「年頃の女の子の悲鳴として、それはどうなの」


 そう呟きながらも、ヤトがカーテンを閉めると、遮られた事で僅かに冷静さを取り戻したタルトが、この店にはもういられないと慌てて服を着てそのまま逃亡してしまう。

 そして残されたヤトは、同じく残された軍服と支払いを済ませると、少し申し訳なさそうに後を追う。


 辺りを探し回り、なんとか追いついたヤトにタルトが謝罪を繰り返し、お金を返す事が出来たのは30分以上の時間が経過した後だった。



 その後は特に大きな事件も無く、午後一杯を費やして街中を散策する事となる。

 途中、どこの子供が行方不明になったと言う言葉が聞こえればさりげなく話を聞き出し、軍やレジスタンスが犯人なのではと議論する者が居れば、こっそり耳を傾ける。


 そのどれもがヤトによってさりげなく行われた事にタルトが少し落ち込んでいる事を覗けば、仕事と言う面でも、友人との交流と言う意味でもタルトにとって有益な時間を過ごした。


「今日はありがとうございました」

「こっちこそ、警察ごっこみたいで楽しかったよ」

「ごっこじゃなくて、ホントの手伝いなんですけどね」


 あはは、と笑う2人は、署に戻ると言うタルトの言葉を切っ掛けに、その場で別れる事となる。また遊ぼうと言う約束を交わして。


 あまりに楽しい時間を過ごしたタルトは、自分がどんな格好をしているのかをつい忘れ、そのままの格好で署に戻ってハッターに妙な顔をされるが、それは些細な出来事だと言える。

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