第6話
それから数十年の間、私は一度も父親と会うことなく生きた。
あの日の思い出を、誰にも話さずに
1人で背負いながら生きてきた。
あの日の記憶は、今でも時々蘇り恐怖を鮮明に思い出させ、
心臓を強く握られるような息苦しささえ覚える。
そしてそんな苦しみを何度も味わいながらも
成人し、人を愛し愛されることを知った頃、
突然母がこの世から去った。
母の葬式に来る人たちを迎えていた私の前に現れたのは、
あの日より少し老けた男だった。
男は、あの時の少女が私だったとは
気がついていない様子だった。
ただ、他の人たちから私が娘だと聞いて、
私の目の前に立った。
この男が、私を苦しみ続けさせた原因。
母親を苦しませ、離婚してから1度も会いに来なかった。
それどころか、娘である私などいないも同然で、
娘とは知らずに手を出そうとした最悪な男。
「その・・・久しぶり、だな。
背も伸びて、綺麗になった」
男の言葉一つ一つに腹が立つ。
「何十年も会えなかったのは謝る。
でも、俺は1度たりともお前を忘れた事はない。
これからは、母さん以上に愛してやる」
嘘ばかり並べないで。
忘れたことがないわけないじゃない。
本当は私の顔だって知らなかったんでしょう。
だから、あんなことしたんじゃない。
誰がお母さん以上に愛すですって?
そんなの全力でお断りよ。
・・・そう言いたかったけれど、
隣に立っている彼氏の目が、言ってはいけないと伝えていた。
「式を終えたら、2人だけで話しましょう」
私は、体中からこみ上げてくる怒りをなんとかおさえ、
葬式会場へ向かった。