第18話:百日の狂騒と、大気圏を穿つ黄金の天主
第18話:百日の狂騒と、大気圏を穿つ黄金の天主
魔王の討伐と、この星が「銀河聖教連盟」の管理する養殖場であったという衝撃の事実が発覚してから、七十日が経過していた。
かつての魔王大陸、そして海を越えた大日本の本土は、有史以来かつてないほどの『熱狂と狂騒』に包まれていた。
「おいコラ! ミスリル鋼の第三ロット、到着が半日遅れてるぞ! サカイウスの商人どもに『永楽銭』のレートを吊り上げると脅しをかけろ! あっしらの首が飛ぶかどうかの瀬戸際なんだよ!」
巨大港湾都市『堺』の中央広場。
今や大陸全土の物流と経済を完全に掌握した大商人にして、軍の兵站を一手に担う猿は、血走った目で怒号を飛ばしていた。
彼の手元には、大陸中から絶え間なく送られてくる物資の帳簿が山のように積まれている。
「猿殿、無駄口を叩いている暇があるなら手を動かしなさい。アヅチ・ノヴァの主機関である『星のコア』を安定させるため、追加で純度九十九パーセントの光霊石が二万トン必要になりました。明後日までに調達を」
無表情のまま、冷酷な追加発注を突きつけてきたのは、文官トップの佐吉である。彼の手にある魔導盤からは、常人なら見ただけで発狂しそうなほどの複雑な演算式が滝のように流れている。
「に、二万トン!? ふざけんなエルフもどき、そんな量、大陸中の鉱山を掘り尽くしても足りねェよ!」
「足りないなら、不要になった旧帝国の聖堂や貴族の館を解体して魔石を抽出しなさい。計算上はそれで一万五千トンは補えます。残りはあなたの『商人としての意地』で穴埋めを。……御館様の天下布武に『不可能』の文字はないはずですが?」
「あーもう! 分かったよ! やってやりゃあいいんだろ! おい野郎ども、徹夜だ!」
武力ではなく、圧倒的な経済力と兵站網。それが織田信長の強さの根幹である。
文治派の二人が胃をすり減らしながら星の全資源を絞り出している頃、武功派の猛将たちもまた、未知の戦場(宇宙)に向けた地獄の特訓に明け暮れていた。
* * *
「――ぐえぇぇぇッ……!」
「おいおい、情けねェぞ虎! もう音を上げたのか!」
アヅチ城の裏手に作られた巨大な訓練施設。
ドワーフの市松が空中で大笑いし、虎獣人の虎が地面のない空中で手足をバタバタさせながら嘔吐しかけていた。
「半兵衛殿! こ、このフワフワした魔法、なんとかならねェのか! 踏ん張りが利かなくて槍が振れねェ!」
古参の又左も、自身の狼の尻尾を股の間に挟みながら、空中で無様に宙返りをして叫ぶ。
「無重力の訓練ですからね。宇宙空間では大地を蹴ることはできません。風魔法で気圧と重力を極限まで削いだこの空間に慣れていただかないと」
風の軍師・半兵衛が、訓練場の外から扇を振りながら穏やかに微笑む。
「フン、貴様ら、三半規管が野獣のままだから酔うのだ」
その無重力空間を、背中の魔導ブースターを小刻みに吹かして自由自在に飛び回っている巨体があった。平八郎である。
「宇宙における陣形は、平面の『面』ではなく、立体の『球』で構築しろ! 空中に浮かぶ標的に向け、三段撃ちの陣形を再構築する! 遅れた者は置いていくぞ!」
武功派の面々は、血反吐を吐きながらも「宇宙空間における三次元機動戦闘」という未知の概念を、その異常な身体能力と根性で急速に叩き込んでいった。
* * *
そして、運命の百日目。
「御館様。――すべて、計算通りに」
アヅチ城、最上階の黄金の天主。
金柑が恭しく膝をつき、完璧な所作で一礼した。その後ろでは、五郎左が徹夜明けの真っ黒な顔で、満足げに親指を立てている。
「見事だ」
織田信長は、漆黒のマントを羽織り、天主のバルコニーから眼下を見下ろした。
そこにあるのは、もはや「城」と呼ぶべき代物ではなかった。
巨大なアヅチの城下町ごと、地下の大岩盤を円形に切り抜き、その底面に『星のコア』を直結させた超巨大な浮遊大陸。
城壁はすべて五郎左の手による鈍色のミスリル鋼で覆われ、無数の魔力火縄銃と魔導大筒の砲門がハリネズミのように突き出している。そして、金柑の設計した不可視の『星間防御結界』が、都市全体をドーム状にすっぽりと包み込んでいた。
大日本のすべてを乗せた、全長数十キロに及ぶ超弩級浮遊星砦――『アヅチ・ノヴァ』。
「時が来た。これより、我らはこの星の『檻』をブチ破り、星の海へと打って出る」
信長の声が、魔導通信機を通じてアヅチ・ノヴァに乗るすべての兵士、民、そして異形の家臣たちの耳に響き渡る。
「数千年の間、この星は銀河聖教連盟とやらに飼われていた。だが、俺は誰の指図も受けん! 天が俺を鳥籠に閉じ込めるというのなら、その天ごと撃ち落として進むまでよ!」
「「「おおおおおッッ!!!」」」
数十万の民と兵士の、地鳴りのような歓声がアヅチを揺らす。
「佐吉! 主機関、点火しろ!」
「御意。……天使の心臓(星のコア)、出力百二十パーセント。重力制御、解除。推力、オールグリーン」
佐吉が魔導盤の最終キーを叩く。
ズズズズズズズズズズ…………ッ!!!
大地が悲鳴を上げた。
アヅチの地下深くから、太陽すらも霞むほどの強烈な青白い光が噴き出し、数千万トンの質量を持つ岩盤と都市が、ゆっくりと、しかし確実に空へと浮かび上がっていく。
「浮いたァァァッ! 本当に城が空を飛びやがった!」
猿が涙を流しながら叫ぶ。
アヅチ・ノヴァは加速を始めた。
雲を突き抜け、成層圏を突破し、空の色が青から紫、そして漆黒の闇へと変わっていく。
バルコニーに立つ信長たちの頭上に、今まで見たこともない、息を呑むほどに美しい無限の星空が広がった。
だが、その美しい星空を遮るように、薄ぼんやりとした『巨大な光の網目』が、星全体を覆っているのが見えてきた。
銀河聖教連盟がこの星を管理・隔離するために張っていた、星間管理条約結界――『檻』である。
「官兵衛! あの鬱陶しい網、破れるか!」
「クックッ。ご安心を。すでに内側からの破壊ベクトルは計算済みです」
官兵衛が杖を振るう。
「五郎左! 道を開けろ!」
「おうよ! アヅチ・ノヴァ主砲、魔導電磁超砲、ブッ放せェェェッ!!」
アヅチの天主の下部から突き出た、巨大な二本のレール。
そこに星のコアの膨大なマナが極限まで圧縮され、一筋の極太の閃光となって放たれた。
ドガァァァァァァァァァンッ!!!!!
閃光が『檻』に激突した瞬間、空間そのものがガラスのようにひび割れ、砕け散った。
数千年にわたり、この星の生命を閉じ込めていた絶対の法則が、人間の手によって物理的に破壊されたのだ。
「……フハハハハハ! 見たか! これが俺の、大日本の力だ!」
結界を突破し、完全に無重力の宇宙空間(外宇宙)へと飛び出したアヅチ・ノヴァ。
透明な防御結界の中の天主で、信長は果てしなく広がる宇宙を見渡した。
だが、その直後。
佐吉の魔導盤が、けたたましい警告音を鳴らし始めた。
「……御館様。前方の空間座標に、大規模なマナの歪みを感知」
佐吉の声に、武功派の面々が一斉に武器を構える。
漆黒の宇宙空間が歪み、そこから次々と『巨大な影』がワープアウト(空間跳躍)して姿を現した。
それは、流線型の美しい白い装甲を持ち、巨大な光の十字架を掲げた、全長数キロに及ぶ未知の宇宙戦艦の群れ。
その数、およそ千。
「どうやら、檻が壊れた警報を聞きつけて、お役人の『先遣隊』がすっ飛んできたようですね」
金柑が、楽しそうに目を細めて冷たく笑う。
「上等だ。出迎えの手間が省けたというもの」
信長は、愛銃である魔力火縄銃を肩に担ぎ、眼前に広がる大艦隊に向けて不敵な笑みを浮かべた。
「さあ、宇宙の戦争の始まりだ! 銀河の田舎者どもに、俺たち大日本の火力と戦の作法を教えてやれ!!」
その最初の激突の火蓋が、漆黒の宇宙空間で今、切って落とされた。
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