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ほーん、つまり『悪役令嬢』だな?  作者: もみぞー


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6/8

冬期休暇がやってくる。

 貴族というものには領地運営の役割が付いて回る。

 アタラクシア家も例外ではなく領地運営が重要な責務のひとつであった。

 アタラクシア領はフィオレ王国の西南にあり、比較的温暖な気候だと言われている。

 小学府の冬期休暇を利用してセドリックと領地で凄く算段は整いつつある。

 フィオレの冬は夜が長いが、アタラクシア領はその中でも夜が短いと言われる地域だった。

 此処で過ごせば、セドリックの憂いも少しは取れるだろう。そんな風にアナスタシアは判断している。

 

 それはそれとして。


 この世界には『クリスマス』が存在しない。

 まあ、存在しないのは当然である。

 そも、クリスマスは神の子の生誕日である。日本では年末の忘年会にかこつけた子ども向けのどんちゃん騒ぎ大会なわけだが、元を質せば宗教行事である。

 この世界には該当する宗教はなく、ならばそれに付随する祭典やしきたりもないケースが多くあった。

 似たような祭典や習慣、名称や物体はあったとしても由来は違う。

 祝うのは一年の終わりを無事に過ごせたと認識する大晦日と新年の数日だけだ。

 よって、学府が設ける冬期休暇は日本のそれより日数は短い。

 

 『クリスマス』があるのが当たり前だった世界の記憶があるアナスタシアには一二月二四日や二五日が特別な物のように感じるが、世間様は普段と変わらなく動いている。屋敷は冬用の飾り物で彩られているが、そこかしこに飾っているのは新年に向けての飾りである。

 なのだが、不思議なことにクリスマスを想起させる飾りもないではない。もみの木に飾り物をするなんてそれこそクリスマスの定番であるが、こちらでは新年の祝いごとにあやかったものだった。立ち位置は門松かしめ飾りである。

 年末の定番といえばアドベントカレンダーもあった。

 一二月の初旬から始まるアドベントカレンダーは屋敷の住人にとっては毎年の楽しみである。だが、今回は従者見習いとなったロビンが屋敷で一番幼いのもあってかアドベントカレンダーを捲る係に任命されてた。アドベントカレンダーを捲るのは誰だって楽しい。その楽しさを味合わせたいという屋敷の人々の思いがあった。

 

「お嬢様、これはなんですか」

「これはキャンディケインね。もみの木に飾る物だけど、食べることも出来るわよ」

「食べ物を飾ったりしていいんですか。腐ったら臭わない?」

「もみの木に飾る食べ物はだいたい保存が効くから大丈夫よ。キャンディケインは名前の通り飴だし、ジンジャーブレットも名前の通り生姜を使ってあるから長く保つの」


 言いながら、アナスタシアはロビンからキャンディケインを受け取ってメアリアンの手を借りながらもみの木に飾り付けをする。

 キャンディケインは羊飼いの杖を模した物だが、意味合いは宗教が関係してくる。こちらにはない宗教であるからこちらでの由来は当然違ってくるが、指し示す意味合いは同じだ。

 一方、クリスマスでは定番のジンジャーマンクッキーはこちらにはない。

 あるのはジンジャーブレッドである。

 これはジンジャーマンクッキーの由来である国や人物が存在しないから発生しなかったのだろう。

 その代わりの役割をジンジャーブレッドが担っているわけだ。ジンジャーマンクッキーとジンジャーブレッドの違いは何かと言えば、人型の型でくり抜かれているか否かである。

 ジンジャーブレッドは国によって定番レシピが異なる。ジンジャーパウダーだけを入れるレシピもあれば、更にスパイスを加えるレシピもある。生地も薄くして型抜きするのもあれば、厚めの生地にして型抜きするのもある。

 飾られているジンジャーブレッドは星型や柊の葉の形が多くあった。どれも『魔除け』を意味する形である。生姜自体も『魔除け』の意味合いを有しているから強固な願掛けとも言えた。


「美味しいのかなあ」

「興味がある?」

「ちょっとだけ」

「じゃあ、厨房におねだりしてみましょう。

 折角興味を持ったんだもの。知識と経験を得ることは大事だわ」


 季節柄、ジンジャーブレッドはねだればアナスタシアやオルドレイクの分だけでなく屋敷に勤める使用人たちの分まで厨房は大量に仕込むだろう。

 キャンディケインに関しては作ってもらうより何処かの店で買ったほうが安上がりだろうから、侍女の誰かに頼むのがいいかもしれない。

 

「さあ、飾り付けが終わったわ。

 次は何をしましょうか」

「ロビンは文字の読み書きの勉強の時間ですね」


 と言ったのは従者のカトルである。

 ロビンの指導役であるカトルはアナスタシアの従者でもあるが、今はロビンの教育を優先させている。

 時によりけり教育関連の進言も許されているのでこうして予定を告げることも度々あった。


「それじゃあ、わたくしは読書の時間ね」

「場所は屋敷の図書室でよろしいですか」

「構わないわ。その前に、ロビンは勉強道具を取りに行かないとね」


 一旦ロビンと別れ、アナスタシアはメアリアンを伴って図書室に向かう。

 他の貴族はどうかは知らないが、アタラクシア邸には図書室が存在する。

 蔵書は一万冊あるかないかだが、オルドレイクが読書家であるのもあって所蔵量は確実に増えてきている。

 図書室の利用はアタラクシア家の面々だけでなく、使用人たちにも許可されている。

 司書も雇っており、来訪者のその時々の要望に応じて書物を選んでくれることもしばしばあった。


「こんにちは、レイチェル。

 しばらくテーブルを借りてもいいかしら」

「こんにちは、お嬢様。

 ロビン君のお勉強の時間ですか」


 司書のレイチェルは朗らかに答えて会釈する。

 レイチェルはオルドレイクが学術国家と名高い国から招いた才女だ。ここに至るまでそれなりに厄介なことがあったらしいが、アナスタシアは詳細を知らない。

 知っていることはレイチェルが来訪者の要望に的確に応えられる人間だということだけである。


「そうよ。もう少しでカトルと一緒にやって来ると思うわ。

 わたくしはロビンたちが勉強してる間に読書をしようと思って。

 何かお勧めはある?」

「そうですねえ。

 お嬢様はなんでも読まれますから、なにがいいかしら。

 旦那様がルポルタージュの最新の物をお求めになっていたので新しく買い求めましたけど、それになさいます? 内容は危なっかしいですけれど」

「どんな内容なの」

「大陸を渡り歩いた連続殺人鬼のルポルタージュです。

 フィオレでは被害がありませんでしたけど、模倣犯が出そうな案件なので念の為に、と」

「お父様はまだ読んでおられないのでしょう?

 なら、わたくしが先んじて読むのはルール違反だわ。別の物にしましょう。

 そうね、ロビンと一緒に読めるような本はないかしら」

「でしたら、仕掛け絵本はいかがですか?

 仕掛けを動かしながら単語も学べますよ」

「それはいいわね!

 あと、ちょっと俗っぽいものはない?

 淑女が嗜むには少し問題があるような、でも世間では人気な読み物とか」

「あるにはありますけど、ゴシップ雑誌は流石にやめたほうがいいですよ。ロビン君の教育にもよくないですからね。

 ロマンス小説くらいに留めたほうが良いと思います」

「ロマンス小説ねえ」


 因みアナスタシアは一〇才である。

 ロマンス小説を読むには些か幼すぎる齢とみるのが普通だが、普段の読み物が大人向けばかりなのでレイチェルも感覚が混濁してるのだろうと見えた。

 結局、ロマンス小説もロビンの横で読むのは相応しくないと判断して高名な魔術師の伝記を手に取った。

 その魔術師は遥か昔の人で、ゲームの舞台となる魔術師専門学校を卒業後に世界を行脚し収穫祭を広めた人物である。

 もちろん、ゲームにも出てきたネームドキャラクターである。ゲームの名物イベントであるハロウィンイベントを華やかせるイベントキャラクターで、人気も凄まじかった。とはいえ、関わることはない人物であるから知っていることはその程度。詳しい人生の紆余曲折を知ろうと思ったら伝記やハロウィンの資料集を読むしかないのが現状である。

 ハロウィンもとい収穫祭が過ぎたのだから読むには時期はずれの読み物であるが、興味をもってしまったのだから仕方あるまい。

 伝記の初版は随分古く、著者は魔術師の子どもであるらしかった。

 あら、結婚してたの。意外。まず、思ったことはそれだった。

 のんびりと伝記を読み始めて数分、カトルとロビンがやってきてアナスタシアの近くに座って勉強が始まる。

 カトルは元々教師だったのもあって教えるのは上手い。ロビンも地頭はいいほうだからあまり躓くことなく授業は進んだ。

 ロビンは基本的な文字の読み書きが出来ない。生きていくうえで文字の読み書きは必須事項だ。これをクリアしないと次の段階に進めない。それこそ、学校に通うのも難しい。

 カトルが拘っているのは『他人にも読める字を書く』ことだった。最悪書いた本人が読めるだけでもいいとアナスタシアは思うが、他人が読めない字を書く時点で文字が書けないのと同義だとカトルは言う。

 なので、書き順は兎も角綺麗な字を書けるようにと指導される場面は何度かあり、その度にロビンは素直に頷いていた。

 粗方授業が終わると息抜きにとアナスタシアはロビンに仕掛け絵本を見せ、数々の仕掛けを動かすことに夢中となった。

 冬期休暇がやって来るまでにはまだ日数がある。

 ロビンはしばらくはホームスクーリングで基礎知識を身につけて、年度が改まる時期に学校に編入する計画となっていた。

 アナスタシアは変わらず学校に通い授業を受け、放課後は予定がない日はなるべくセドリックと共に過ごした。

 その間もファリスは学校を休んでいた。

 ボウウィング伯爵の怒りを買ったにしても休んである期間が長過ぎはしないか。そう思っていた矢先、アタラクシア邸を訪問した人物がいた。

 オルドレイクとは昔馴染みでもある辺境伯がやってきたのである。


 ◎◎◎◎


 マグワイア辺境伯と言えばフィオレ王国でこの人ありと言わしめられた人物である。

 魔術科学が発展しつつあり、戦争からも遠ざかって久しい世界であっても危機感を持って領地を統治する辺境伯は国王の信頼が厚いことでも有名であった。

 そんな辺境伯の名を、カーク・マグワイアという。

 その出発点は騎士団にあり、現在も騎士団の中枢に多大な影響力を持っていると言われている。

 同じく騎士団に出発点を持つオルドレイクとは見習い時代からの同期である。歳は少し違いがあるが、ふたりは親友と言って差し支えのない交流があるのはアナスタシアも理解していた。

 とはいえ、カークの担った役割が役割である。

 王都に来ることが少ない人物がやって来たことに屋敷内は浮き足立ち、アナスタシアも久々の交流に少しばかり緊張していた。


「お久しぶりです、カークおじ様」

「久しいな、タンジー。息災なようでなによりだ。

 聞いたぞ。セドリック殿下と婚約前提に付き合ってるんだって?」


 ませてるねえと笑う雪豹の獣人こそが件のカーク・マグワイアその人である。

 フィオレ王国の『辺境』と呼ばれる地域は標高の高い場所にある。雪豹の獣人だからこそ統治できる土地でもあり、よってカークが中央に帰還することはそう多くもなかった。冬であれば尚更である。

 それでも王都に帰還したのには理由があるのだろう。単純な骨休めとはとても思えなかったが、疲れを微塵も見せぬカークにアナスタシアもそれにならい優雅に挨拶をして席に着いた。


「殿下が学校で襲われたのはご存知ですか」

「ああ、聞いたよ。王妃派の坊やたちがやらかしたんだろう」

「わたくし、その場に偶然出会したの。それで怪我をしたものだから、殿下が気になさってしまって」


 言いながらアナスタシアは額の傷を見せると「見事な向こう傷だな」とカークは頷いた。


「男にとっちゃ勲章だが、女性に傷跡があるのは何かと問題があると王家は判断したわけだ」

「アタラクシアの人間たるもの、尊き方を守って出来た傷ならば名誉の負傷ですわ。気になさらなくていいと言ったのですけれど、わたくしも殿下に絆されたところもありますの。ほら、殿下は可愛らしいお方だから」

「まあ、セドリック殿下は綺麗どころではあるがなあ。

 オルドレイクはそれでいいのか。王室を支えるのはアタラクシアの本懐のひとつとはいえ、縁戚関係になるのは嫌がっていたろう」 

「殿下の成長にはこの関係は必要だ。今のところは静観だな」

「それ、殿下がおこしの際は言わないでくださいね」

「わかっている」


 セドリックは冬期休暇の間はアタラクシア邸とアタラクシア領地で過ごすことが決まっている。気を休めに来ているのに顔が曇るような情報は入れさせたくないからこそオルドレイクにねだれば、オルドレイクもしたり顔で頷いていた。


「おじ様はいつ頃まで王都にいらっしゃるの?」

「世間が冬期休暇に入るかどうかって頃まではいるだろう。交通手段が多彩になったとは言え、辺境領は雪が多く降る土地だ。本格的に雪が降る前には帰りたいのが本音だな」

「辺境領の雪山の様子は新聞でも報じられておりますから様子は見聞きしております。

 三メートルは積もるのでしょう?」

「そうそう。だから皆で総出で雪下ろしするんだよ」

「豹の獣人には慣れるまで時間がかかるだろうな」

「豹の獣人?」


 オルドレイクの言葉に意味を計りかねて首を傾げる。

 と、カークは本題を切り出す前触れのようにアナスタシアを見据えた。


「今日アタラクシア邸を訪ねたのはタンジーに聞きたいことがあったからなんだ」

「わたくしに?」

「ファリス・ボウウィングは知ってるか」

「日和見のボウウィング伯爵のご子息なら存じております」

「その、日和見の三男坊が随分なやらかしをしただろう。

 それで、まあ、三男坊が伯爵に見限られたんだ」

「でしょうね」


 ボウウィング家とファリスの気質がそもそもとして合わないのである。だからファリスは大人に気づかれないよう暴れ回り、被害を誰かのせいにして憂さ晴らしをしていた。それがよりにもよって王国重鎮の家族に知られてしまったのである。寄親寄子の関係ではないにしろ、日和見のボウウィング家にとってはあってはならないことだ。元凶を切り離すことは充分に考えられる事態だった。


「それとおじ様になんの関係が?」

「ファリスを養子に迎えようと思うんだよ」

「あら、まあ! 奇特な」


 先日のファリスを目の前で見ているので口調はどうしたって辛辣になる。従者見習いとしてロビンを傍に置いているので尚更だ。

 カークもそれは理解しているからからからと笑い、オルドレイクも苦笑いしていた。


「やはり馬鹿らしいと思うか」 

「だって、あの底意地の悪い坊やがマグワイアの子に成れるとは思いませんもの。

 本当に嫌らしいことをするのよ。それで、大人には取り入りが上手なの。

 今更性格が変わるとも思えません」

「随分嫌われたもんだ」

「わたくしの従者見習いを知らなくて?」

「もちろん、存じ上げておりますとも。

 そうか。ファリスは学校でも『悪い子』か」

「養子に迎えるのでしたら既に調査済みでしょうに。

 わたくしに確認しなくても良かったのでは?」

「直の証言てのは存外大事なんだよ」


 だからと言ってカークはファリスを養子にしない選択はしないような物言いをしていた。あくまで確認のために聞いてきたようである。


「本気でファリス・ボウウィングを養子になさるおつもり?」

「ウチは娘だけだからな」


 つまり、跡取りとして育てるつもりか。

 婿養子という選択もあるにはあるだろうが、言い換えればボウウィング家がマグワイア家を乗っ取ることも可能な案件である。

 アナスタシアは知らずオルドレイクを見やると、オルドレイクは「その心配はないと思うよ」と告げた。


「豹の子に辺境領の統治は難しかろうさ。

 これから染まっていくにしても跡取りとしては役不足だ」

「でも、ボウウィング卿は自分の都合の良いようにはやとちりするところがあります。

 自分が跡取りだと思って養子入りするのでは」

「それについては本人に既に伝えてある。

 本人の希望は独立したのちに騎士侯になることだから、乗っ取りの心配はあるまい。

 大丈夫、きちんと育てるさ」

「………それは、どういう」

「被害者を雇う側にいるアタラクシアを前に言うことではないが、ファリスも不憫な子なんだ。

 ボウウィングじゃ教育虐待が起きてる。他への暴力や謀りはアイツなりの自衛本能が出ていた証だ」

「だから、あの日のことは許せとおっしゃるの?」


 聞き捨てならない言葉に思わず剣呑な反応になる。が、カークは「許さなくて良い」と即座に答えた。


「どういった事情が背景にあったとしても、数々の悪さが帳消しになることはない。

 ファリスは人が死にかけて漸く自分が愚かだったことを理解したお馬鹿さんだ。

 だが、ボウウィングに居たんじゃ「出来損ないめ」と罵られるだけで償いの仕方も覚えられない。このままボウウィングに居続ければもっと悪さをして取り返しのつかないことをしでかす」

「それで、今回和解する条件にファリスを適切な家に養子に出すことを加えたんだよ」


 と何事もないようにオルドレイクが言ったものだからアナスタシアは目を見開いて父親を見た。


「お父様の差し金だったの?!」

「おかげでこちらはファリスの現状を逐一確認出来る状態になった。

 成長具合によっては利用出来る駒にもなろうさ。

 捨て駒にするにはちょうど良い素材だろう」

「おいおい、オルドレイク。一応、ファリスは俺の息子になるんだ。殺してくれるなよ」

「独立した後はどうとでも扱えと言ったのはお前だろうに」

「………恐ろしい方々ね!」


 敢えて戯けて言いながらアナスタシアは目の前の大人たちが冗談で言っているのではないと理解して背筋を凍らせた。

 確かにファリスは悪さばかりをしたし、濡れ衣だって着せていた。だからきちんと裁かれるべきだとも思った。

 その結果が『捨て駒』の育成とは誰が思っただろう。

 ファリス本人は反省しているという。罪の償いをしたいが、ボウウィングがそれを許さないのは爵位持ちにありがちな間違った矜持のせいだろう。だから見当違いな罰があるわけで、ファリスの放逐は真っ当な方向の罰と贖罪からはかけ離れている。

 オルドレイクとカークはそれと分かっていて敢えてファリスを『健全に』育てようとしている。

 そうしてファリスに恩義を押し付け、忠実な手駒として育て、機会があればあっさり難題を押し付けてあっさり切り捨てるつもりなのだ。

 わかっている。

 ライデンの盾として、民の剣として過不足なく動くなら時に汚い手段も取らねばならない。

 清濁を抱いても尚も突き進まねばならぬのだと理解した瞬間であった。

 子どものままであったなら気付かなかったかもしれぬ機微だ。大人の精神がアナスタシアの何処かにはある。

 故に、気づいてしまった。


 ただの同情で手を差し伸べることはない。


 ならば、ロビンやロビンの祖父に手を差し伸べたことにもなんらかの計画や思惑があるのだろう。

 アナスタシアはその行動の裏に何があるのかを見出せず、腹の底で震え上がるしかなかった。


  ◎◎◎◎


 冬期休暇なるものがやってくる。

 ロビンはホリデーだとか休暇というものがいまいちわからない。

 スラムで暮らしていた頃は毎日を生き延びることで精一杯だった。

 まる一日好き勝手に過ごすなんてあり得なかったのだ。

 けれど、ホリデーはそれが出来る日なのだという。

 まあ、使用人にはそんな日がくるわけもないけれど。

 なんて思っていたけれど、アタラクシア邸では使用人は週休二日の制度を採用しており、祖父は週二回の完全休日があった。従者見習いのロビンもそうである。

 休みの日は好きなように過ごしなさいとアタラクシア侯爵や使用人の色んな人たちに言われ、ロビンはどうしたものかと考えた。

 自由に過ごすだなんて生まれてこの方初めてで、何をしたものか困ってしまったのである。

 考えた果てに行ったのは自習であった。早く文字の読み書きを覚えて様々な本が読めるようになりたかったのである。

 時には図書室に行って本を読むこともあった。

 まだ簡単な絵本しか読めないけれど、スラムにいた頃に比べれば格段に読めるようになっていてそれがとても嬉しかった。

 冬期休暇がやってくるとアナスタシアは家にいる時間が増えたが習い事は相変わらずこなしていた。

 アナスタシアの習い事は教師を邸宅に招いて行われるものもあれば教室に出向いて習うものもあった。

 来客があったのはホリデーが始まって二日目のことである。

 大きなトランクをふたつ携えて侍従とやってきたのはフィオレ王国の第三王子の立場にある人だった。

 フィオレは王政である。王室は象徴として存在するのではなく、政を行う政治家でもあった。

 王様とか政治家とかの存在意義をロビンはよくわからない。

 自分たちを苦しめている人たちなんだな、くらいの認識である。

 だからといって、第三王子に恨みはなかった。

 そも、王様に子どもがいることもよく理解してなかった。アナスタシアが言うには将来王様になる王子様もいるらしい。その人は第一王子で、二十歳になった記念に王太子になるという。王太子と王子の差をロビンはいまいちわからなかったけど、アナスタシアは簡潔に「王様になれる王子様ってことよ」と説明してくれた。

 第三王子というのだから、三番目に生まれた王子様である。

 名前はセドリック・ライデン。

 そう、未来のロビンが魔力暴走なるものを起こす人物として予言した人である。

 けれど、目の前にいる王子様は記憶の断片で見たその人より遥かに幼く、頼りがなかった。もっというなら存在感の種類が違った。

 あちらは不敵と不遜が丸出しの堂々とした佇まいであったが、こちらは線が細く華奢で今にも霞となって消えてしまいそうな印象がある。存在感がないのではない。むしろ、存在感は誰よりもあった。


「儚げな方でしょう?」

「儚げ?」

「今にも消えてしまいそうって、思わなかった?」

「思いました」


 そうか。これは儚いというのか。

 ひとつ学んだロビンであった。


 セドリックは人見知りする性質の子どもであった。

 事前に聞いた話から鑑みれば「それもそうだな」とロビンは思う。

 なにもしてないのに「悪い子!」と扱われれば対人関係の構築に臆病になるものだ。

 ロビンだってそうだったのだから、難しいことを要求される王子様なら更にそうなるだろう。きちんとやっても「出来ない子」と言われるのだろうし、やってないことをやったと責められることもあっただろう。そこにいるだけでいけないことだと罵られたり陰口を囁かれたこともあったに違いない。

 だから、セドリックは人の目を見ているようで見ないで会話をする。綺麗な緑の瞳はいつだって人を見ているようで見ていない。唯一、アナスタシアと話す時だけは違うようだけれど。

 セドリックは臆病な子どもだ。

 もちろんそれはロビンにも適用された。けれども、そこには『狐だから』という理由は採用されていないように見受けられた。あくまで『他人だから』という素振りである。これはこれで稀有な体験であった。


「さあて、今日は何処から始めようか」

 

 いつものようにカトルとの勉強時間がやって来て図書室でノートと教科書を広げる。

 その近くではセドリックとアナスタシアが行儀良く座ってそれぞれ読書をしていて、ロビンはなんとなく「おしゃべりしていればいいのに」と思ったりした。

 この日の勉強内容は新年のお祝いのお話で、単語を書きとったり文章が伝えたいことを読み取ったりして過ごした。

 勉強が終わったあとは図書室で好きな本を読ませてもらって、静かだけれど穏やかな時間を過ごした。

 アタラクシア領に行くまでは子ども三人で寄り集まって過ごすこともよくあった。

 ロビンは使用人になる未来が決まっているから礼儀作法も目上の人たちに対する接し方も習っているけれど、だからといってアナスタシアたちと体験を共有させないという選択肢を大人たちは取っておらず、ロビンは沢山の体験をすることとなった。

 もみの木の飾り付けやアドベントカレンダーを捲ることはもちろん、乗馬やダンスなども体験させてもらった。オルドレイク曰く、「いつか役立つ日もあろうから」とのことであった。

 

「おれ、凄く運が良いんだなあ」


 使用人用の食堂に入ってホリデーのご馳走を食べながらそんなことを思う。

 この日の夕食は飾り付けこそ質素だが料理内容はアタラクシア家の人々と同じものが提供された。

 大きなミートローフに、シチューの入ったポットパイ、林檎のスパークリングドリンクに、デザートにはジンジャーブレッドとひんやりとしたアイスクリーム。

 どれもこれもスラムにいたら食べれなかった料理たちである。


「ロビン、料理は足りてるかい」

「うん、いっぱいもらったから,大丈夫」

「足りなかったら言うんだぞ」

「はあい」


 元気よく返事をして食事を進める。

 今頃、アナスタシアたちも同じ食事をしてるのだなあと思って不思議な心地になった。

 ロビンの新しい日々は穏やかそのものだ。

 それはアタラクシアの人々が不安になるようなことをロビンに吹き込まないよう注意していたからである。

 だから、ラギーはファリスがマグワイア家の養子に入ったことや王都から去ったことを知るまでにはそれねりの時間があったし、再会しても特に恨み言もなく接することになる。


 それもこれも『自分は大事にされている』と認識出来る体験の多さからくる自信があってのことであるが、それはまた別の話である。

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