侯爵と伯爵令息
アタラクシア侯爵家の当主オルドレイクには二人の子どもがいる。
ひとりは長男のユージーン、もうひとりは長女のアナスタシアだ。
ユージーンとアナスタシアは一〇の歳の差のある兄妹である。
歳の差は世代差だ。
特に一〇代の頃はひとつの歳の差で世代が違うと認識していい。
加えてユージーンは一六の時には全寮制のアカデミーに入学してしまった。アナスタシアとの接点はますます減るばかりである。なので、ユージーンとアナスタシアは互いを家族として認識するには要素が薄い関係であった。
それでも、第三王子を庇い負傷した時、ユージーンは全ての予定をかなぐり捨ててすっ飛んで帰ってきた。
高熱にうなされるアナスタシアを懸命に看病し、手を握っていたことをオルドレイクは知っている。
なのに熱が引いたと確認するや否や看病のことは他言無用、アナスタシアにも言わなくて良いと宣言してユージーンは第一王子の元に戻ってしまった。
折角兄妹の仲が深まるかもしれない機会だったのにと思わないでもないが、ユージーンの立場を思えば難しいことも理解が出来てしまい、オルドレイクは密やかに息を吐くことしか出来なかった。
ユージーンは現在、第一王子マリウスの近衛を務めている。
表向きには対立してないマリウスとセドリックだが、マリウスはセドリックを毛嫌っている王妃の息子である。どうしたって王妃の意向を意識しないわけにはいかない立場にある中でセドリックのために動いた妹に明確に賛同することは難しい。その身を案じることすら咎められるような案件である。下手をすれば、アナスタシアの身に危険が及ぶ。看病を秘め事にするしかなかったのだった。
さて、負傷しただけでなく高熱にうなされたアナスタシアはというと解熱以降少しばかり人が変わったようにオルドレイクには見えた。
勇ましいばかりが目立った娘は何処かひょうきんさが出るようになった。ちゃめっけ、と言ってやるのが親心であろうか。
兄に負けじと気難しい本ばかり読み、剣や武術や魔術の実践稽古ばかりあけくれていたが刺繍や踊りにも興味を持ち始めているし、読む本の趣向も柔らかな分野へと移ってきていた。護身術の習い事が増えたのは如何ともし難い気分にはなったが、礼儀作法も身に付けさせる機会にも恵まれたので相殺であろう。
なにより、他人に本心から興味を抱かなかった娘が要注意人物とはいえ他人に親身に関わるようになったのは喜ばしいことだろう。
確かにアタラクシアは王家を支え、民の安寧のために動く装置であるが、だからといってすべからく感情を排除して動くべきではないとオルドレイクは判断している。
人間性を高めてこそ、有益な判断が出来る。
以前のアナスタシアはその部分に思い至っていないようだった。実のところ、そろそろ梃入れするべきかと思っていたのだ。
その前にアナスタシアに変化が出たので現在は様子見に切り替えたが。
「アナスタシア (タンジー)は今日もセドリック殿下のところか?」
「習い事は終えられてますので、そこまで問題視しなくて良いかと。なによりおふたりは『婚約前提』でのお付き合いですから」
「それはそうなのだがな」
「旦那様はアナスタシア様とセドリック殿下の婚姻には反対でらっしゃるので?」
「正直、複雑な心境ではある」
長年支えてくれている家令相手だからこそ言える言葉だった。
セドリックの立場は脆く、複雑だ。
貴族ではない側妃の子であるだけではなく、フィオレの王族が持つには困難が伴う固有魔術を所有している。
固有魔術は所有者の本質的な部分や渇望の発露であるとも言われている。複雑な構造の固有魔術であるほどその傾向は強い。
セドリックの固有魔術は単純とは言い難い。有機無機に関係なく塵に変えてしまうから一見単純に見えるが、構造が異なる物体を時に干涸びさせ塵に変える固有魔術の制御は一朝一夕では出来ない類いだろう。
乾きにして渇き。或いは暗闇からほとばしる攻撃性。それはセドリックの心の隠れた有り様でもあった。
それを、きっかけはどうであれアナスタシアが潤し変化を与えようとしている。
あなたは生きていて良い人だと、前を向いて良いのだと、言葉と仕草でアナスタシアはセドリックに語りかける。
アタラクシアの家の者としてはあってはならない行動である。
確かにアタラクシアは王家の人々を守る盾であるが、それは民の安寧に繋がる運命を王家が握っているからだ。
アタラクシアの本懐は民の安寧にこそある。
そのためには喩え王家の者が相手であっても肩入れしすぎないよう細心の注意を払わねばならない。
今のアナスタシアはセドリックの心を救おうと近づき過ぎている。一歩引いて近衛を務めるユージーンとは違う。
それがわかっていてアナスタシアを咎めきれないのはセドリックの待遇改善が見られなければ才能の芽が出る間も無く潰されてしまう可能性を見たからだった。
セドリックは出自のことを抜きに見れば『王位継承三位』に位置する第三王子である。王太子であるマリウスに万が一のことがあれば王位継承権も繰り上がり、セドリックが王太子の座に着くことも充分あり得るのだ。
もしそんな事態になった時、厭世観を持ったままの無能では困るのだ。暗愚が国の頂点になるなり、或いは片腕に収まるともなれば民の安寧は瞬く間に崩れ落ちるだろう。今だって、見捨てられたと言って憚らない民が存在しているのだ。その範囲を広げるような事態は絶対に阻止せねばならない。
フィオレの未来を思えばこそ、セドリックの才能は開花させる必要がある。その一助にアナスタシアが関わってしまうのは憂慮する事項だが、今はとやかく言うよりも見守る姿勢を取るしかなかった。
「アタラクシアはライデンの盾だが民の剣でもある。
ひとりの王子に情を向け過ぎて民の不利益になる事態は避けねばならん」
「王室と縁戚になるのが面倒なのではなく?」
軽やかに痛いところを突く家令にオルドレイクは「ガーウィン」と名を呼ぶ。
「滅多なことを言わないでくれ」
「ですが、事実で御座いましょう?」
他の貴族なら諸手を挙げて喜ぶでしょうにと言う家令の言葉に嫌らしさはない。ただ、痛いところを突かれてオルドレイクの眉間に皺が寄るばかりである。
「陛下が存外乗り気なのが、またな」
「セドリック殿下を怖がらない令嬢は少ないでしょうからな」
現王ナシルは内密にしているが体調が芳しく無い。それもあって面倒ごとは早めに済ませたいと言わんばかりの猛攻なのである。いつ自分が死ぬかわからないからこその親心が発動しているのかもしれないが、それにしても性急な動きにオルドレイクも辟易するしかなかった。救いはアナスタシアとセドリックの関係が友好的であることだ。だからこそ焦るなと言えるのだから、心境が複雑になるのも仕方のない話だった。
「まったく、誰も彼も身勝手だ」
その身勝手な輩には自分も含まれることを、オルドレイクはきちんと理解していた。
◎◎◎◎
ファリス・ボウウィングはボウウィング伯爵家の本家の子どもである。
兄弟の三番目、スペアのスペアだ。
本家の者であるから背負う責任は重いが、学問の大半が赤点のファリスは一〇歳になって早々に当主である父親に見放されたような立ち位置にいた。
ボウウィング家はどちらかといえば王妃派寄りの考えを持っているが、状況如何によっては手の平を返す『日和見』な家だった。
この世を謳歌するのは『世渡り上手』だと言って憚らないボウウィング伯爵は交渉術に長けた人物であった。その裏には膨大な知識があり、処世術を身に付けるために学生時代はディベート部なる部活に所属していたような人物でもあった。
言い換えれば、伯爵は知識を尊ぶ人だった。
力は力でも分かりやすい『武力』を用いることを嫌う傾向があり、息子たちにも知識人であれと強要するところがあった。
一方、ファリスは剣術を始めとした運動に才能を振り分けられた人物だった。
剣術、槍術、弓術など、それらは確かな力としてファリスを構築していた。
だが、伯爵はその腕前を認めてはくれなかった。粗野な乱暴者としか見ず、ファリスをボウウィング家を盛り立てるには役不足だとみなしたのである。
加えて得意なはずの剣術でアナスタシアに一度も勝てていないことがファリスのなけなしの矜持に傷をつけていた。
そうなると、どうなるか。
お望み通り落ちぶれてやると意気込んで不良になるのである。
それも表向き(大人たち)には良い子どもだと見えるように振る舞った上で悪さをし、悪さをしてそうな無関係な誰かを貶めるという卑劣極まりない行為を繰り返したのである。
加害者となる者は大抵その日暮らしのスラムの住人だった。学校でやるなら良家子女でも歴史の浅い『成金』と揶揄される者を対象としていた。
「見たかよ、あのキツネの顔!」
「面白かったなー。この世の終わりみたいな顔してさ!」
「あいつ、どうなるのかな」
「死ぬんじゃね? 財布取られた奴凄え怒ってたし」
変装して街に繰り出せばスリに無銭飲食にとやりたい放題である。それを他人のせいにするのは殊の外簡単で、だから増長するのは早かった。
スラム街の誰かを犯人に仕立て上げ、正義の裁きに加わったことも一度や二度ではない。
特に犯人に仕立てやすいのは狐の獣人だ。人間よりも立場は低い。
存在するだけで『悪』の存在。それが狐である。
片やファリスは『美しさ』や『力強さ』を象徴する豹の獣人である。どちらの証言に信憑生があるかなど論じるのも馬鹿らしい。
金を抜き取り、財布を投げ捨て出店が立ち並ぶ通りに向かう。
金なんてなくてもくすねればいいだけだが、たまには愚民に他人の金でも恵んでやろうというわけだ。
取り巻きの少年たちは心底楽しそうにしている。
ファリスだって楽しいは楽しい。
けれど、金を数えながら思ったのは何を買おうかという楽しみよりなにをやっているのだろうという虚しさだった。
「もし、其処のお方」
凛とした声だった。
聞き覚えのある声音に知らず立ち止まっていた。
振り返るのに躊躇いがあったのは出会いたく無い人間に出会ってしまったからだろう。
取り巻き連中は相手が誰だか気付いていない。
気付いているのはファリスだけだった。
答えたのは取り巻きのひとりだった。
「なんだよ」
「これ、落としたわよ」
差し出されたのは今し方投げ捨てた財布だった。
子どもが持つには随分と大きな革製の財布である。
「おれたちのじゃねえよ」
「でも、あなたたち、投げ捨ててたじゃない」
面倒な奴に面倒なところを見られていた。
言い掛かりだと取り巻きは言うが、ファリスは生きた心地がしなかった。
どうかこちらの正体に気付かず去ってくれた願っていると別の方角から背の高い男がやってくるのが知れて背筋が凍った。
「ステイシー、いきなり走るものでは無いよ」
「でも、パパ。この子、自分の財布を捨てていたのよ。奇妙だわ」
よりにもよって父親と一緒である。
アタラクシア侯爵とファリスは直接の面識はないが剣術教室で(その指南役は教室に来ることを条件に貴族にも門戸を開く方針の男だった)すれ違ったことは何度かある。
だからアタラクシア侯爵の背丈や物腰、声音だって知っている。あちらだってそうだろう。
アナスタシアは兎も角、アタラクシア侯爵はファリスの変装を看破しているのは容易に想像出来た。
当然、目をつけられたく無い人物なのは言うまでも無い。取り巻きたちは舌打ちをして人混みの中に紛れていったが、ファリスは足が震えてそれが出来なかった。
「あら、逃げちゃったわ」
「後ろ暗いことがあるんだろう。
違うかい、フェデリコ君」
「………うっ」
フェデリコとは財布に刺繍された名前である。
と、遠くから怒号と悲鳴が聞こえて意識が削がれる。
見れば先ほど財布をくすねてやった大男がの狐の子どもを引きずって喚き散らしているのが知れた。
子どもは暴力を振るわれ顔には青痣が出来ていて頬や額が膨れ上がっている。鼻はあらぬ方向に捻じ曲がり、歯も欠けているようだった。
「……酷い」
アナスタシアの声音に怒りが混じっているのがわかってファリスは更に震え上がった。
自分がしでかしたことで死人が出るだなんて思ってもいなかった。
「おい、そこの!
コイツの管理者はどこにいる!」
大男の怒号に出店の店主は懸命に首を振って「知らないよ!」と悲鳴をあげている。
他の店の店員も客も同じようなもので男から隠れるように身を潜めていた。
堂々としているのはアタラクシア家の親子だけである。先に動いたのは侯爵であった。
「何かお困り事かな」
「困り事もなにも! 財布が盗まれちまったんだ!
給料全額入ってたのによ!」
そう言うと男は聞いてもいないのにベラベラと身の上話を話だし、侯爵は時折り相槌を打って男の話を聞いていた。
曰く、男は男やもめで子供がいるという。スラムに住んでいるから足元を見られやすく、定職に就くのも大変だったそうだ。漸く就いた職場も男が人間だからと見下すばかり。何度辞めてやろうかと思ったことか。それを止まらせたのが子どもの存在だ。この子には美味いものを食わせてやりたいという一心で働き、遂にやってきた給料日。スラム暮らしだから銀行口座だって持っていないから給料は全額手渡しだった。慎重に財布を取り扱い、けれども喜び勇んで街に繰り出し美味いもの沢山買おうとしたのはいうまでもない。通りを行ったり来たりして品物を吟味し、さて買い物をといったところで財布が盗まれてしまったのだから怒りたくもなる────というのが男の証言であった。
「あなた、自分にも子どもがいるのにその子に暴力を振るったの?」
咎めるように言ったのはアナスタシアである。
侯爵は「ステイシー」と名を呼んで制していたが、男は構わず「盗人をどうしようと俺の勝手だ!」と息巻いた。
「だいたい、狐が盗みをしねえわけがねえ!」
「なんて乱暴な論理なの!」
キッと男を睨みつけるアナスタシアを侯爵がまた宥めるように名を呼ぶ。そうして侯爵は男に向き直り「それで、財布は見つかったのかい」と問えば男は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「見つかってねえからコイツを管理してる奴に立替させるのさ! 出来なかったら沼に沈めてやる!」
「必要なのは財布かい、それとも金かい」
「金に決まってる! ウチの坊主に鱈腹飯を食わせにゃあならねえんだからな!」
「そうか。ならば、『フェデリコ』。
その狐の子どもと君の給料分の金を交換しないか」
「…………なんで俺の名を」
威勢を欠いた男に侯爵が財布を見せ「君の財布だろう」と問えば男は目を見開いていた。
「何処で、コイツを!」
「この子が中身を抜き取って投げ捨てたのよ」
ここぞとばかりにアナスタシアがファリスを指差す。
ファリスの手にはお札が握られている。誰が盗んだかなんて火を見るより明らかだった。
「グラス工房のフェデリコ。名も境遇もしっかり憶えさせてもらったよ。
工房をクビになって路頭に迷うのとその子どもをこちらに渡すのとどちらがいい」
「狐ひとりどうなったってクビになんてなるもんか!」
「さあ、それはどうだろう。君は随分粗野なようだ。
相手が狐の子どもだろうが、暴力沙汰を起こしたことを工房は良く思わないはず。
私が君の行いを工房に申告すれば解雇されるのは目に見えていると思うがね」
言うが否や、アタラクシア侯爵はファリスの手から札束を抜き取りこりみよがしに数え始め、数えきるとアナスタシアへと手渡した。
「これらは証拠でもある。
よって、給料と財布代、其処の子どもは私が買い取ろう。
君は金さえあればいいのだろう?」
「てめえ、何を企んでやがる」
「君は知らなくていいことだ。
君は自分のしでかしたことが帳消しになるのだから願ったり叶ったりではないかな?」
「違いねえが」
怒りの持って行き場がなくなったのだろう。
男は喜びよりも戸惑いのほうが勝っているようだったが最終的にはアタラクシア侯爵に従い金銭を受け取るとそそくさと何処かへ行ってしまった。
放置された狐の子どもにアタラクシア侯爵とアナスタシアが駆け寄る。
ファリスは呆然とそれを見るだけで逃げるという発想は何処かへ飛んでいってしまった。
わかるのは、また伯爵を失望させるということだけだった。
◎◎◎◎
世の貴族の子女の中には市井にお忍びで出掛けて散策する者がいる。
それは数少ない『一般』の世界を知る機会でもあるから、大人たちはお忍びの散策を見て見ぬふりをする場合が多い。
人によっては大人になっても散策をすることもある。
それこそ、オルドレイクのように。
「タンジー、街に散策に行くがお前も来るかい?」
「何処かにご用事が?」
「いや、王都のマーケットで掘り出し物を探そうと思ってね」
「それって、一応、お忍びですわよね?」
服装を市井の人々の物に変えて出かけるのだからそうであろう。
しかし、こんなに堂々と行うものだったろうかと訝しみながらもアナスタシアはオルドレイクに同行してマーケットにある出店を観察した。
よもや、甚だ許しがたい暴漢に出会すとはこの時は思ってもいなかった。
お忍びで街に出掛けるのはアナスタシアだけではない。他の貴族だってやることだ。
その中には悪さをする輩もいるとは聞いていたが、クラスメイトが加担していたのは流石に衝撃があった。
ファリス・ボウウィングは大人に取り入るのが上手い令息であった。気に食わない生徒を片っ端から虐めているような輩であったからいつか何かはしでかすだろうとは思ってはいたけれど、ここまで卑怯者だったと知れてアナスタシアは同級生であるのが恥ずかしくなってしまった。
負傷した狐の子どもはアタラクシア家に連れ帰り医師を呼んで適切な治療を施したが数日は安静にしていなければならないという。当然、子どもの住処には返せない。オルドレイクは直ぐに子どもの拠点の割り出しに着手したのは言うまでもなく、同時に連れ帰ったファリスの父親にアタラクシア邸に来るよう厳命した書簡を送った。
ボウウィングは日和見の伯爵家だ。上位の爵位を持つ家の不評を買うのを殊の外嫌っている。
なので、伯爵はアタラクシア邸に直様やってきた。
会談は数時間に及び、夕食は久々にひとりで取ることとなった。
翌日、いつものように学校に通うとファリスは欠席となっていた。それだけでなく取り巻きの令息たちも欠席となっており、今回の一件はそれなりに大事になっているのだなと察した。
ここから先は大人たちの世界で決められることである。処分の顛末は気になるが、今のアナスタシアが詳細を知れる立場にはない。何かを知るにしても聞かせられる段階になってからだろうし、聞ける範囲も限られてるだろう。
狐の子どもについては程なくして住処や家族が知れた。
マーケットで店を開いている人々が教えてくれたのだという。あの大男には何も知らないと言っていた人々にも呵責はあったということらしかった。
子どもの家族は祖父だけだった。
子どもの名前はロビンといい、アナスタシアやセドリックと同じ歳であった。
ロビンとその家族はそのままアタラクシア家で住み込みで働くこととなった。あの大男はまだ工房を解雇されてはいないが、なんらかの形で職を失うのは遠くないことだと言えた。その時がきたら、今回の件を思い出し逆恨みする可能性があった。再び襲撃されるのを防ぐためには必要な処置であった。
そんな心配があるならどうしてあの時に男を処断しなかったのかとなるが、男もフィオレという国のシステムの被害者であると言われれば押し黙るしかなかった。悪循環が蔓延している。アナスタシアがわかったことはそれだけだった。
「ウィンターホリデーはどう過ごすの」
「殿下と過ごす以外はお稽古の予定を詰め込んでますの」
セドリックと過ごすようになって一ヶ月弱。
セドリックは今回の騒動を知らないでいる。無関係なのだから当然だった。
セドリックの環境は相変わらずよろしくない。味方は居ないに等しく、数少ない味方である侍従のアゴラもずっとセドリックのそばに侍っているわけではない。
味方を増やすのは必須事項だ。
普段は無理だとしてもここぞという時に誰かに頼っていい状況は作っておきたい。その筆頭にはアナスタシアが君臨しているにしても、あとふたりはそんな存在が欲しい。アナスタシアとてセドリックのそばにずっといられるわけではないのだ。
「僕もアナスタシア嬢と一緒にお稽古に行ってもいい?」
随分と甘えたな物言いにアナスタシアは瞬きする。
信頼は得られてきているとは言え、こんな物言いをされるのは初めてである。
「お城でなにかありましたの?」
「……兄上が学院から帰ってくるんだ」
「ああ、なるほど」
セドリックの兄、つまり異母兄のことである。
学院というと、専門学校やら高等学府より上の位の学府である。
第二王子のレオナルドは高等学府に通っている。
となると、セドリックの言う兄上は第一王子のマリウスのことを指していた。
一〇も離れた兄貴なんて懐くか苦手かのどちらかだろう。セドリックは後者に属しているわけだ。
それはつまり第一王子の近衛を務めるアナスタシアの兄も帰ってくることになるがそこはたいしたことではない。
ふたりとも隣国の魔術学院に在籍している。将来魔術専門学校に通うことになるだろうセドリックとはやりようによっては友好的な関係が築けるだろうが、周囲がそれを許しはしないだろう。特に、第一王子の母親である王妃が許すとは到底思えなかった。
第一王子はまだ『王太子』の称号を得てはいないがこれも時間の問題であった。
マリウスは清廉潔白を絵に描いたような人だ。同時に誰もが見惚れるほどの凛々しさも持っている。
華やかな王子の帰還となれば祝賀会辺りはするだろうし、そうなれば王宮の空気は王妃派一色になる。セドリックが過ごしやすい空間であるはずもない。
「でしたら、アタラクシア領で休養するというのはどうでしょうか」
「えっ」
「兄のユージーンはマリウス様の近衛を務めておりますので、なんらかのおりにマリウス様と遭遇はするでしょうけれど、お城にいるよりずっと軽減されるはずです。
わたくしたちは『婚約前提』のお付き合いをしてるんですもの。利用出来るものは利用して心の安寧を計りましょう?」
「い、いいのかな」
「お父様にも相談しなければならないので『決まりです!』とは断言出来ませんけれど、相談してみる価値はありますわ」
オルドレイクのことだから「逃げてばかりはいけないよ」と言うかも知れないが学院を卒業したら嫌でも毎日顔を合わせるのだ。逃げ方を知っておくのも必要だと言って説得するしかない。
「僕からも父上にお願いしてみる。もちろん、侯爵にも。
自分のことだもの、僕も動かないと」
そう宣言するセドリックからは気弱さが失せているように見えた。




