転生令嬢、爆誕。
『トラ転』という言葉がある。
ざっくり説明するなら『トラックに轢かれて死んでその後何処かの世界に転生する』というものになる。
転生。つまり、生き直しである。
生き直しは同じ世界であったり違う世界だったりと人により異なる。この他にも『死に戻り』もあったりするが──それは別の機会に話そう。
『トラ転』は言わずもがな俗語である。もっというならオタク用語のひとつだ。
異世界への輪廻転生物はライトノベルやら新文芸やらが得意とする分野で、プロの作家ではないアマチュアの作品が投稿サイトで好評を得て書籍化し、果てはアニメや映画化などするケースもあった。
言い換えれば新時代のプロへの登竜門である。
一次創作でそれなのだから、二次創作でも『トラ転』を始めとした異世界輪廻転生物は人気だった。
二次創作とは、既成作品のキャラクターや設定、話の筋道を参考にファンが『こういう話が読みたい!』を拗らせて漫画や小説を執筆する活動のことを指す。
当然、やり過ぎれば『公式』が黙っていないが、人気コンテンツであればあるほどファンアートやファンノベルは黙認されやすい傾向があった。題材となった大元、公式が盛り上がるためにも二次創作は必要なファクターになっていたからだ。作品によっては二次創作のガイドラインをあらかじめ示して応援する動きを見せるパターンもある。
さて、それはそれとして。
輪廻転生物にはいくつか系統がある。
転生前の容姿で転生するのもあれば、容姿が違う人間になって生き直すこともある。
その中でも王道のひとつが『物語の登場人物として転生する』というものだった。
転生前の世界で漫画や小説、アニメやゲームとして親しんだ作品が『現実』として現れるのである。
登場人物として転生する場合もいくつか系統がある。
最初から転生前の記憶を持って生まれ直すものと、途中でなんらかの事態に遭遇した結果『転生前の記憶』を思い出すものである。
前者にしろ、後者にしろ、作品の登場人物として転生した場合は『成り変わり』と呼ばれる。
作品に登場した時と人格や能力が変わるからそう称されるわけだが、この『成り変わり』は既成作品に二次創作の書き手のオリジナルキャラクター(メアリー・スー)を登場させ物語を展開する『夢小説』という分野では一勢力を担っていた。
『夢小説』とは、大元を質せばネットのサイトから引用された用語であるらしい。
アナスタシアが知る意味合いとしては『自己投影キャラクターを既成作品二次創作小説に登場させる』と『非自己投影オリジナルキャラクターを既成作品二次創作小説に登場させる』のふたつである。
アナスタシアは後者の夢小説を貪るように読んでいた人間である。
ここまで説明してしまえば読者諸氏はお分かりだろう。
アナスタシアは転生者である。転生前はホラー系以外はだいたい大丈夫な頑丈なオタクであった。享年四〇代かそこら。立派なアラウンドフォーティーである。
享年が曖昧なのは自身の記憶──感情が伴わないので『記録』というのが正しいかもしれない──にある最後の年齢が四〇代前半だからだ。
トラックに撥ねられた記憶はない。
風呂で寝潰した記憶もない。
病に伏してもいなかったし、通り魔に殺されたわけでもない。
実に曖昧模糊。しかし、転生前の最期なぞどうでもよかった。
「自分が安心するために『トラ転』てことにしとこう、うん。それがいい」
転生したものは仕方ない。生き直しの前に神様には会わなかったし、転生特典の話だってなかった。
問題は、アナスタシアの立ち位置である。
異世界転生物には一次創作であればその作品の中においての『有名作品』だったり、二次創作であれば既成作品の世界に転生するのが一般的である。
先ほども記述したが、有名作品や既成作品の登場人物として生まれればそれは『成り変わり』と表現される。登場人物ではない転生は文字通り『転生者』と表現される。
では、アナスタシアの場合はどうか。
転生した世界は転生前の世界──一度目の人生では有名なソーシャルゲームであった。イケてるメンズがわらわら出てくる『女性向け』のゲームである。制作元も何もかもが『超大手』。女性向けソーシャルゲームのパイオニアであった。
作品名を『アルトノーツ』という。
ただのイケメン勢揃いゲームではない。世界的なメディア企業が協賛する、言い換えれば『世界視野のプロジェクト』であった。メディア企業の出発点は新聞掲載の漫画だが、後に短編アニメ制作に着手し成功を収め、長編アニメを次々に制作しテレビ業界にも進出、インターネット業界にも鳴物入りで参入してきた。もちろん、キャラクターや物語を豊富に引っ提げて、である。
その企業の制作した作品をモチーフにキャラクターを構築しゲーム化したのが『アルトノーツ』である。
タイトルにある『アルト』はプレイヤーのデフォルト名である。当然物議も醸したわけだが、時が経つにつれて鎮静化に至った。それよりも話題になったのはモチーフキャラクターはヒーローもヴィランもわんさか登場したことだろう。
女性向けであるから、イケてるメンズが盛り沢山と登場した。ストーリーはなかなかに重苦しかったと記憶している。
そんな作品と酷似した世界に、アナスタシアは転生したのである。
それはいい。転生してしまったものは仕方ない。
「アナスタシアなんていたっけ??」
これである。
『フィオレ王国』はゲーム中にそれなりに出てくる単語である。なにせ登場人物の出身地である。里帰りイベントだってあったのだ。
もっと言うなら、先日アナスタシアが貴族令息たちから守った人物もゲームの登場人物だった。有名どころの声優が担当した厭世家の王子様で、美しい御尊顔と仄暗さもあいまって人気どころであった。しかも、ちょっと俺様気質である。性癖が捻れた淑女が何人いたことか。
名を、セドリック・ライデンという。
今は第二次性徴も来てないから可愛らしいお声である。なにせ、まだ一〇才だ。
彼の周囲の話はゲーム内でも多少は語られていたが『女性向け』のゲームとあって露骨な女性関係の描写はなかった。もちろん、許嫁の存在なぞ出てくるわけもない。
作中に出てくるなら『成り変わり』であろう。もう、以前のアナスタシアには戻れないからだ。
毅然とした侯爵令嬢は『死んだ』。
頭部負傷をきっかけに訪れた『前世の記憶の蜂起』は著しくアナスタシアの人格に影響を及ぼすだろう。
今だって部屋に誰もいないのをいいことに胡座をかいて考え事をしているのだから。
「アナスタシアがゲーム内に出てくるかどうかはこの際脇に置いておくとして、これ、どの世界線なんだろ」
公式の世界線なのか、はたまた誰かの二次創作の世界線なのか。
いや、そもそもそんなことを考えること自体が烏滸がましいか。
「今はここに在ることが『現実』だもんね」
アナスタシアはかつてアルトノーツのプレイヤーだった。
アルトノーツの舞台はメリバニアという国にある高山、その西側の峠にある魔術師専門学校の名門である。
だが、そこまでに至るまでにプレイヤーは導入部分で幾つかの試練を受けることになる。
魔力を有することは地域によっては珍しいことである。プレイヤーとなる視点人物は魔力があるために故郷の村で村八分に遭っていた。それだけでなく、殺人事件の容疑者にもされてしまう。そこを救ったのがメインキャラのひとりである魔術師専門学校の教師であった。
教師の力もあり、視点人物の濡れ衣は晴れる。その過程では魔術が使われ、視点人物は魔術というものに憧れと期待を抱くことになる。
これをきっかけに、視点人物は教師が務める魔術師専門学校の門を叩くことになるが、編入するにも視点人物は知識もなければ魔力保有量も少なかった。
愕然とする視点人物。しかし、教師たちは今までの視点人物の生活を鑑みて『特待生』として雑用もこなしながら学校に在籍することを許可するのだが──。
夢小説では恋愛要素の有無に関係なく様々な姿の『特待生』が存在していた。デフォルト名の『アルト』で表現される特待生は男性だったり女性だったり、時に人ではないものであったりした。夢小説とゲームの在り方は相性が良かったのだ。
夢小説は恋愛物もあれば特待生の立身出世物や特待生のアイディアを披露する伝道物もあった。
そのどれもに言えることは特待生と関わることでゲームキャラクターが変化していくことである。
魔術師専門学校は全寮制の共学校である。
セドリックが学校に籍を置くのはまだ五年以上先の話だ。
アナスタシアが『原作』に関わる可能性は限りなく少ない。もしかしたら出てきていた可能性はないではないが、その記録をアナスタシアは保有していない。
もし、仮にアナスタシアとセドリックが婚約したとする。
これが所謂『セドリック×特待生』の世界線であるならば、アナスタシアは確実に邪魔者である。
謂わば『愛の障壁』だ。
もしそうならば、それに見合う人間にならなければならない。
「いやいやいやいやいや」
あり得んて。そもそも婚約自体が。
自分で考えて思い切り顔を顰めて手を振っていた。
アナスタシアはアタラクシアの人間として為すべきことを成しただけである。
顔に傷が残ろうがそんなもん知ったこっちゃないのである。セドリックと会ったところで「気にすんなベイビー」と格好つけるだけである。男だったらそれで済む。女だから、責任を取るだの婚約だのという話になるのだ。
「何故、この身は女なのか………!」
男なら今頃笑い話になっていたしもしかしたらセドリックと共に魔術師専門学校に通えていたかも知れない。そうしたら少なくとも『三年生』たちとは面識になれただろうに。
などとミーハーな思いが脳裏に過ぎったので頬をつねった。
「アナスタシアのお馬鹿さん。
ここは『ゲームの中』じゃないんだぞ」
役目を全うする装置たれ。
そう思い直してアナスタシアは決意した。
既知転生者ではなく、単純な異世界転移者として自分を扱おう、と。
◎◎◎◎
セドリックとの会談はアナスタシアの部屋で行われた。
医師からは「まだ安静にしているように」と言われているのでベット越しでの面会である。
セドリックは後に侍従長となるアゴラを伴ってアナスタシアの元にやって来た。
他にも大人が来ているらしいが、そちらはアタラクシア当主と面談をしているようだった。
セドリックはその歳の子どもにしては華奢な少年であった。
骨と皮ばかりという言葉があるが、セドリックはそれに当て嵌まる状態であった。
満足に食事も取れない環境なのか、意図して食事をとっていないのか、判断に迷った。
「アナスタシア嬢、怪我の具合は?」
「随分と良くなりました。殿下が良いお医者様を派遣してくださったおかげです」
にこやかに答えるとセドリックは「良かった」と安堵の息を漏らす。
ゲーム内の不遜さなど微塵も感じさせない気弱さである。計算してやってるのかと勘繰るのは野暮だ。アナスタシアの手に触れた指先は恐怖と緊張で震えていた。それだけでこの少年がどれだけアナスタシアの身を案じていたのか理解が出来た。
「それでね、アナスタシア嬢。
今回の事件で額に傷跡が残ってしまったでしょう?
僕に責任を取らせて貰えない?」
意を決した様子で言うセドリックに、アナスタシアは『僕』という一人称に内心仰け反りながら(ゲーム内では『俺』だったのである)「来た」と思いつつ首を傾げた。
「責任、と言いますと」
「僕のお嫁さんになって欲しいんだ。
今度は、僕が君をきちんと守るから」
勇気を振り絞って言っているのは傍目から見ても良くわかった。だからこそ、アナスタシアはセドリックの目を真っ直ぐに見据えて答えた。
「殿下、責任なら既に果たしておられます。
お医者様を遣わしてくださったではありませんか。
これから素敵な方が現れるでしょうに、わたくしのような『やんちゃ』な娘が殿下の伴侶になるなんて……」
「……『嫌われ者』の王子が旦那さんは、嫌?」
問い掛けの形ではあったがセドリックは確定しているような物言いで言葉を紡ぐ。
それは違うと伝えなければならない。
アナスタシアは強く首を横に振った。
「それは違います。
殿下は尊きお方。ライデンの方々を守ることはアタラクシアの人間の務めであり、誇りであり、誉れなのです。
この傷跡も勲章ですわ。殿下に大事がなかったのですもの」
「でも、こんなに大きな傷跡が残ったら、何処にもお嫁にいけないって、父上が」
「誰かに嫁いでしまっては殿下を守れませんわ」
「そんなことないよ。僕のお嫁さんに来たら僕を守り放題だよ」
「あら?」
そういえばそうである。
困った。逃げ場がなくなってしまった。
セドリックには自分を卑下してほしくないが、傷跡が起因で婚約するのも違うだろう。
はて、どうしたものか。
「殿下はわたくしのことをどうお思いですの?」
「アナスタシア嬢のこと?」
「そうですわ。正直に申し上げますとね、罪悪感だけで娶られるのはまっぴらですの。
王侯貴族の婚姻に『真実の愛』を求めるのは滑稽ですけれど、『親愛』や『信頼』が築ける関係ではありたいと思いませんこと?」
セドリックはアナスタシアの顔をまじまじと見る。
これは不敬であったかなとちらりとアゴラを見るが、アゴラはにこやかな表情のままこちらのやり取りを見てくれていた。
セドリックはというと、いくばくか逡巡したあとゆっくりと口を開いた。
「僕は、アナスタシア嬢のこと、なにも知らないけど、もっと知っていきたいと思っているよ」
「でしたら、殿下。
ひとまず許嫁になる方針にしてもらって、『お友だち』から始めませんか?」
「おともだち?」
まるで初めて聞いた言葉を言うように呟くセドリックに、アナスタシアは力強く頷いた。
「背中を預け合える友になるのです。
そうすれば、自然と互いを知り合っていけますわ。
もちろん、アタラクシアとしてのお役目も果たしますけど!」
「でも、僕とアナスタシア嬢はクラスが違うよ?」
「あら、殿下ったら。学校やお城だけが世界ではございませんのよ。
アナスタシアを、引いてはアタラクシアを、殿下の世界に加えてくださいませ!」
「───!?」
令嬢らしからぬにっかりとした笑顔で言ってやるとセドリックが息を呑むのが知れた。
その後、我に返ったセドリックは溢れ落ちそうになる涙をグッと堪え、「それじゃあ、今日から、友だちでいい?」と聞いて来たので「当然ですわ!」と答えると今度こそセドリックの目から大粒の涙が溢れ落ちたのだった。
セドリックとの会談はひとまず和やかに終わった。
明日の午後にもセドリックはやってくると約束してアゴラと共に出て行くのを見送ると、アナスタシアは再び胡座をかいて考え込んでひとつの答えをまた得た。
「つまり『姫騎士×薄幸王子』をやれとおっしゃる?」
薄い本が厚くなるやつである。
誰か書いてくれと心から叫びたくなるアナスタシアであった。




