第7章 多重積分による殲滅
通常、広範囲殲滅魔法といえば「メテオ」のような巨大な単発攻撃を指す。だが、それは非効率だ。一万の敵すべてに均等にダメージを与える必要はない。急所を一撃で貫けばいいのだから。
私が構築するのは、広大な領域に対する「点」の集合体だ。リーマン和。微小な攻撃を、無限に近い数だけ積み上げる。
「定義関数展開。領域Dにおいて、魔力密度を閾値以上に設定」
ブツブツと呟く私の言葉に合わせて、リシアから吸い上げた魔力が空中に展開される。目に見えるのは、無数の青白い光の粒。それは雪のように、静かに戦場の上空へと漂っていく。
「なんだあれは……?蛍火か?」
兵士たちがざわめく。魔物たちは、頭上に浮かぶ光の粒を気にも留めず、雄叫びを上げて突進してくる。
「座標固定。全ターゲットロック」
脳が焼き切れそうだ。一万体の敵、そのすべての座標と移動ベクトルをリアルタイムで演算処理する。前世のスパコン「京」
並みの処理能力が必要だ。鼻血が滴り落ちる。視界が明滅する。
「アレン!鼻血が……!」
「構うな……!リシア、もっとだ!もっと魔力を出せ!足りない!」
私の要求に応え、リシアが叫ぶ。彼女の体から黄金色のオーラが噴出し、私へと流れ込む。個の限界を超える。二人の魂が、数式という共通言語を通じて融合する感覚。
「収束完了。……境界条件、クリア」
空中に散布された数万の光の粒。それらが一斉に、切っ先を下へ向けた。
「積分実行!――降り注げ、収束の雨!」
私が指揮者のように腕を振り下ろした瞬間。世界が白に染まった。
ヒュンヒュンヒュンヒュン――!!
爆発音ではない。空気を切り裂く高周波の音。数万の光の矢が、正確無比に魔物たちの眉間、心臓、魔石核へと突き刺さる。
オークが倒れる。ゴブリンが崩れ落ちる。後方にいたフロスト・ジャイアントさえも、無数の光線によってハチの巣にされ、膝をついた。
回避不能。防御不能。それは魔法というよりも、数学的必然による「消去」だった。
わずか十秒。光の雨が止んだ時、雪原には動くものは何一つ残っていなかった。静寂。先ほどまでの喧騒が嘘のように、死の世界が広がっている。
「……は……?」
ボロディンが口を開けたまま硬直している。兵士たちは武器を取り落とし、目の前の光景を信じられないという顔で見つめている。
「証明……完了……」
私はふらりとよろめいた。限界だ。脳の糖分が枯渇し、意識が遠のく。倒れそうになった私を、リシアが抱き止めた。
「アレン!しっかりして!……もう、無茶苦茶なんだから!」
彼女の声が震えている。その体温が、冷え切った私の体に心地よい。
「……計算通り、だろ?」
私は薄く笑い、意識を手放した。




