第6章 スタンピードの解析(アナリシス)
都市に鳴り響く鐘の音は、王都のそれとは違っていた。低く、重く、腹の底に響く不協和音。それは死の宣告に等しい。
「北の樹海から、魔物の群れが溢れ出した。規模は推定一万」
作戦会議室に広げられた地図の上で、ボロディンが駒を動かす。一万。この都市の防衛戦力は、正規兵五百、冒険者を含めても千に満たない。10対1。ランチェスターの法則を適用するまでもなく、絶望的な戦力差だ。
「主力はオークとゴブリンだが、問題は後方だ。フロスト・ジャイアントが三体確認されている」
「ジャイアント……!一体でも城壁を壊せる化け物じゃない!」
リシアが悲鳴のような声を上げる。室内の空気が重い。古参の兵士たちも、顔を青ざめさせている。
「防衛ラインを下げて、城壁内での市街戦に持ち込むしかないか……」
「市街戦?それは自殺行為です」
私はボロディンの提案を即座に否定した。「市民への被害が甚大になる。それに、この都市の構造は入り組んでいて、大型魔物の侵入を許せば逃げ場がない」
「じゃあどうする!平原で迎え撃てと言うのか!一万の軍勢を相手に!」
ボロディンが机を叩く。
「ええ。平原で殲滅します」
私は眼鏡の位置を直し、地図上の等高線を指でなぞった。
「敵の進行ルートは、この谷間に限定される。ボトルネックだ。ここを『キルゾーン』に設定する」
「だから、そこを埋め尽くすほどの火力がないと言ってるんだ!」
「火力はある。……私が計算します」
私はリシアを見た。「リシア、君の魔力タンクを貸してもらうよ」
「……へ?」
「君はただ、魔力を垂れ流せばいい。それを私がすべて拾って、積分する」
ボロディンは私たちを狂人を見るような目で見たが、他に代案がないのも事実だった。「……失敗すれば、俺たちは全滅だぞ」
「計算ミスはしません。私の辞書に『誤算』という言葉はないので」
それは嘘だ。前世では計算ミスの連続だった。だが、今はこのハッタリが必要なパラメーターだ。
*
防壁の上に立つ。地平線の彼方が黒く染まっていた。雪原を埋め尽くす魔物の群れ。地響きが防壁を揺らし、吐き気のするような獣臭が風に乗って漂ってくる。視覚的な恐怖。生物としての本能が「逃げろ」
と警鐘を鳴らす。
だが、私は恐怖を「変数」
として処理し、意識の外へ弾き出した。
「リシア、準備はいいか?」
「……足が震えてるけど、やるわよ。あんたが隣にいるなら、なんとかなる気がするし」
リシアが私の隣で杖を構える。その手は白く変色するほど強く杖を握りしめている。私は彼女の肩に触れ、魔力回路を接続した。
「同調開始。……すごいな、今日の君の魔力は、乱数が多い」
「うるさいわね!怖いに決まってるでしょ!」
「その恐怖も燃料にする。……さあ、始めようか」
私は眼下に広がる戦場を見下ろした。そこはもう、ただの雪原ではない。X軸、Y軸、Z軸。私には、無数のグリッド線が見える。敵の動きはベクトルで表示され、風の流れは流体シミュレーションとして脳内に描画される。
敵の先頭集団が、射程圏内に入った。




