第3章 不連続点への追放
私の「証明」は、完璧すぎたらしい。翌日、私は学長室に呼び出された。
重厚なマホガニーの机の向こうに、白髭の学長が座っている。彼は私の成績表と、昨日の演習場の修繕費請求書を交互に見つめていた。
「アレン・クジョウ君。君の処遇について決定が下った」
学長の声は重々しかった。「君を、本日付けで退学処分とする」
「……理由は?」
私は眉一つ動かさずに尋ねた。予想の範囲内だ。出る杭は打たれる。特に、理解不能な杭であれば尚更だ。
「君の魔法は危険すぎる。それに、協調性がない。アカデミーの秩序を乱す異端思想の持ち主であると、教授会で全会一致の判断が下された」
異端。ガリレオもそう言われたのだろうか。論理よりも感情や伝統を優先する組織に、未練はない。私は静かに頷いた。
「わかりました。荷物をまとめて出ていきます」
「待ちたまえ。まだ話は終わっていない」
学長は一枚の辞令を机に置いた。「退学だが、君には貴族としての義務がある。王国の北端、辺境都市『ノルドグラード』への赴任を命ずる。あそこは魔物の襲撃が多く、常に人手不足だ。君のような……特異な力を持つ者でも、使い道はあるだろう」
ノルドグラード。別名「最果ての墓場」
。過酷な寒さと強力な魔物、そして「虚無」
と呼ばれる謎の現象が観測される危険地帯だ。実質的な流刑である。
「……左遷ですか」
「『特別魔導調査員』という立派な肩書きだ。精一杯、お国のために励みたまえ」
学長の目は笑っていなかった。厄介払いができて清々している、という顔だ。
私は辞令を手に取り、一礼した。怒りはない。むしろ、好都合だ。アカデミーの堅苦しいカリキュラムや、非論理的な教授たちとの付き合いから解放される。それに、辺境には未知の魔物や、未解明の魔法現象が多いと聞く。私の研究フィールドとしては、最高の環境(境界条件)ではないか。
「感謝します、学長。おかげで、静かに研究ができそうです」
皮肉を込めてそう言うと、学長は怪訝そうな顔をした。私が泣いて縋るとでも思っていたのだろう。
部屋を出ると、廊下の陰に人影があった。赤毛の少女。リシアだ。彼女もまた、このアカデミーに入学していた。成績は優秀。
「爆裂令嬢」という不名誉な二つ名がついているが、その火力は高く評価されている。
「……聞いたわよ、アレン」
リシアは悔しそうに唇を噛んでいた。「あんた、なんで言い返さないのよ!あんたの魔法理論が正しいって、あたしは知ってるのに!あんな爺さんたちに負けて……!」
「負けてはいないよ、リシア」
私は彼女の頭に手を置いた。昔からの癖だ。「場所が変わるだけだ。定義域が変われば、解の形も変わる。それだけのことさ」
「意味わかんないこと言わないでよ!」
リシアは私の手を振り払ったが、その目には涙が溜まっていた。「……北に行くんでしょ?死ぬかもしれない場所よ」
「確率論的に言えば、どこにいたって死ぬときは死ぬ。それに、僕には確かめたいことがあるんだ」
「確かめたいこと?」
「この世界の『バグ』についてだ」
私は窓の外、北の空を見上げた。そこには、微かだが、空の色が不自然に歪んでいる箇所が見える。普通の人間には見えないだろう。だが、私の目には映る。魔力の流れが途切れている場所。微分不可能な特異点。
あそこには、何かがある。私の転生の理由に関わる何かが。
「先に行ってるよ。君は君のやり方で、立派な魔導師になれ」
「……馬鹿アレン。あたしが、あんたなんかに置いていかれるわけないでしょ」
リシアは涙を拭い、不敵に笑った。「あたしも申請出したわ。課外実習の長期派遣。行き先はノルドグラードよ」
「は?君、成績上位者だろう?そんな申請が通るわけ……」
「お父様に頼んで、無理やりねじ込んだの!『アレンの監視役が必要です』ってね!」
私は頭を抱えた。計算外の変数が一つ。だが、悪くない変数だ。
「……好きにしろ」
「ええ、好きにするわ。あんたのその小難しい数式魔法、あたしが一番近くで見ててあげるから」
こうして、学者崩れの「解析使い」
と、火力馬鹿の「爆裂令嬢」。
凸凹な二人の、最果てへの旅が始まった。




