18-2
僕たちは向かい合って座り、お互いに見つめ合ったまま、しばらく何も言えないでいた。
話したいことはたくさんあるけど、喉から声が出てこない。
ここでもやっぱり、口火を切ったのはジーナだった。
「いよいよ、ここまで来たんだね」
そういったジーナの表情は、なんて表現すればいいかわからない、複雑なものだった。
「塔の島で、踊って、話したよね。たとえ離れ離れになっても、わたし、ユートのことを、あなたと過ごした日々を絶対に忘れない」
僕も同じだよ。君と一緒だったこの世界での時間を、君を、決して忘れはしないよ。これまで、ありがとう。
そう答えれば、いさぎよく終わりを迎えられる。それはわかっていた。
胸が潰れるほど悲しくてつらいけれど、ジーナも、この世界の出来事も、はかなく美しい思い出として、僕の胸に刻み込まれる。僕は元の世界へ帰り、学校へ通い、大人になっていく。迷ったり悩んだりしたときは、ここでの経験や思い出が、ジーナの笑顔が、僕を支えてくれるに違いない。
でも僕は、そうしたくなかった。
この世界で暮らした素晴らしい毎日を、過ぎ去りし日の、ただ懐かしむだけの思い出にしたくない。
ジーナの笑顔を、十六歳のままで止めたくない。
だから僕は今こそ、一世一代のワガママを押し通さなきゃならないのだ。
覚悟を決めて、深呼吸する。
「僕は、嫌だ」
自分で思ったよりも、はっきりとした声で言えた。
ジーナが、けげんな表情に変わる。
「どういうこと?」
「僕は、ジーナと別れるなんて嫌だ。絶対に嫌だ。おじいちゃんとおばあちゃんになるまで、ずっと共に過ごしたい」
けげんな表情が、今度は悲しげな表情に変わる。そして少し強めの口調で彼女は言った。
「それは、何度も話し合ったよ。ユートとあなたの家族を引き離すようなことは、わたしがしたくない。あなたは、家族を捨ててここに残るなんて絶対にダメ」
「待って。そうじゃないんだ」
「じゃあ、何が言いたいの?」
「ジーナ、僕と一緒に来てほしい」
これが、僕の導き出した結論だった。
考えてみれば、そう難しい答えじゃなかった。どうして、この答えにもっと早く辿り着けなかったのだろうと不思議に思う。
塔の島で二人で泣いた後、僕はどんな形で別れの時を迎えたらいいのか、そればかり考えていた。どうやったら一緒にいられるか、その考え方が抜け落ちていたのだ。
一緒に海へ落ちたとき、この手を絶対に離さないと心に誓ったとき、発想を変えることができたのだと思う。
今日のジーナは、表情がよく変わる。僕が予想外のことばかり言い出すからだ。
今度は、いったい何を言っているの、というような困惑の表情に変わった。
「そんなこと、できないよ。だってわたしは、この世界で生まれたんだもの、ユートの世界へ行くなんて、できるはずが」
「いや、できるんだ」
僕は転移魔動機を造るときにも、デバルトさんやエインさんを手伝ってその場にいた。そのときに聞いた。生物が安全に転移する条件は二つ。ひとつめは、転移させる質量に応じた量のエルメット石を用意すること。もうひとつは、転移させる生物が、両方の世界に共通して存在する生物であること。この二つだ。
片方にしか存在しない生物の場合、高確率で変性が起きる。つまり、別の近縁種の生物に生まれ変わってしまう。僕の言葉のときと同じく、世界自身が『辻褄合わせ』をするからだという。
ここには、有り余るほどのエルメット石がある。そして、ジーナは人間だ。人間は両世界に共通して存在する。だからどこで生まれようと、転移は可能なのだ。これについては、つい昨日、エインさんにそれとなく質問して確認を取った。じっさい、僕は元の世界で生まれたけど、今こうしてここにいる。
そのことを説明すると、ジーナは目を丸くした。
「そう、なんだ。ユートの世界へ行くなんて、考えてみたこともなかった……」
「ただし、行ったらもう帰ってくることはできないんだ。向こうには、魔動機もエルメット石もないから」
「うん。それはわかる」
ジーナは、僕の言葉を冷静に聞いてくれている。
僕は、胸の中の思いを全部吐き出すつもりで言葉を紡いだ。
「僕はいま、君に、生まれ故郷の世界を捨ててほしいって、そう頼んでる。この世界の風景も二度と見られないし、生まれた村にも一生戻れないんだ。それでも、僕はどうしてもそうして欲しい」
「ええ。よくわかるわ」
「僕の世界は、決していいことばかりの世界じゃないんだ。法律とかルールとか、そういうのがこの世界よりも細かく決められていて、ジーナにはとても窮屈かもしれない。いつもどこかで戦争してるし、差別とか偏見とかいっぱいあるし、思い通りにならない事ばかりだし、あとはえっと、環境問題とか、エネルギー問題とか、犯罪とかもあるし……とにかく、理想の世界なんかじゃないんだ。たくさん嫌な目にあうと思う。でもそれでも、僕は僕の世界へ君を連れていきたい。君と人生最後の一日まで一緒にいたい。必ずハッピーになれるなんて約束できないけど、精一杯頑張る。だから……だから、僕と一緒に来てください」
「はい。喜んで」
「え?」
あまりにもあっさりとジーナが承諾したので、僕は逆に面食らった。
「喜んで、って言ったの」
「いや、待って。これ、とても大事な決断だよ?」
「わかってる。でももう、答えは出たのよ」
「そんな。たとえば船長に相談するとか、しないの?」
「もし船長が反対しても、私の気持ちはもう決まってる。ユート、あなたは落ちたる者。落ちたる者は、変化の象徴。そんなあなたを、わたしは心から好きになった。復讐だけを拠りどころにして生きていくはずだったわたしの人生を、あなたは変えてくれる。そう信じられる。だから、わたしは、あなたと一緒に生きたい。それが叶うなら、何を捨ててもいい。あなたと生きる世界が、どんな世界でも構わない」
僕たちはいつの間にか、しっかりと手を握り合っていた。
胸いっぱいに、熱いものが込みあげてくる。
ジーナの信頼を裏切ることは、絶対にしない。
僕たち二人の、進む道が決まった瞬間だった。




