18-1
エイムズさんとビイロフさんが漕ぐボートで救助された僕とジーナを、全員が甲板で待ってくれていた。
ボートに乗っている間じゅう、ビイロフさんは興奮気味にずっと喋りっぱなしだった。ユートなら絶対ビビって撃てないと思ってた、ジーナがなんとかすると思ってたんだ、予想が外れてよかったぜ、などなど。
けど僕は、そんな軽口の相手をすることもできなかった。張りつめていた緊張の糸が切れたのだ。ぐったりして、座っているのがやっとだった。
甲板に上がると、ずぶ濡れにもかかわらず、船長は僕たち二人を力強く抱きしめてくれた。
「ジーナを守ってくれて、ありがとう。私は君を誇りに思う」
僕の耳元でそう囁いた船長の眼には、かすかに涙が光っていた。
「ユート君、あれを」
仲間たち全員との抱擁が終わると、エインさんが一点を指さした。僕たちが救助された側とは反対側の舷側だ。
船べりに近づき、目を凝らした。少し離れた砂浜から内陸へ向かって、なにかが広範囲でキラキラと光っている。
「なんですか、あれ? ……あ!」
質問しそうになって、その答えはもう知っていることに気づいた。
美しいエメラルドグリーンの輝きに、確かな見覚えがある。そこには、エルメット石で一面に埋め尽くされた大地が広がっていたのだった。
エルメット石の平原を確認しても、船長はすぐに上陸命令を出そうとはしなかった。
クレセンタリアは危険な地だ。何度も入植が試みられているけど、未知の風土病や凶悪なモンスターのせいで未だに成功していないと聞いた。まして、クレセンタリアの内輪側に到達したのは僕たちが初めてなのだ。いくら慎重になっても、なりすぎることはない。
それに、上陸前に準備しなきゃいけないこともあった。
まずはコンディションだ。僕とジーナは海に落ちたとはいえ、打撲程度で済んだ。
ベイツさんの診断によれば、エインさんは極度の疲労状態、ギャゼックさんは頭部を強打していて、この二人は要安静だ。他のみんなも軽傷とはいえ傷を負っている。今すぐ次の行動を起こすべきではなかった。
僕たち乗組員以上に傷んでいるのがロブスター号だ。バリスタは両舷とも破壊されて跡形もない。マストのてっぺんに立てていた旗ポールは折れてしまっている。船体には数か所、船板が割れて隙間ができている。割れ目の場所が悪ければ浸水していたところだ。そうならなかっただけでも、不幸中の幸いだった。
ロブスター号を海岸から少し離れた位置に投錨して、上陸前に船の応急修理をすることになった。
並行して、陸の様子を監視する。目立たないよう、夜も無灯火だ。夜目の利くビイロフさん、クァラさん、デバルトさんが夜の見張りを担当した。
案の定、夜になると暗闇の中から獣らしき吠え声や争う物音が聞こえてきた。見張りの三人によると、少なくとも四種類の夜行性モンスター同士が縄張り争いをしているという。オークに似たのが一種類、あとは四足歩行の動物型だそうである。
上陸したとしても、長時間の滞在は難しそうだ。
僕は主に、昼間の修理作業を担当した。
申し訳ないことだけど、作業の手は止まりがちだった。どうしても、これからのことを考えてしまうのだ。
伝承にあったエルメット石の地は実在した。僕が元の世界へ帰れる日は、もう目の前に来ている。でもそれは同時に、この世界との、ジーナとの別れでもあるのだ。
つらいとか悲しいとか、そんなふうに感情を言葉に吐き出す段階が終わっていることはわかっている。具体的にどうするのか、どうすべきなのか、その決断をするときだ。
ジーナがなんと言おうと、ここに残るのか。悲しみを振り切って、帰るべきか。
僕は、人生の中でこれ以上ないと思えるほどに考え、悩んだ。
そしてようやく、ひとつの結論にたどり着いた。
まるまる三日間かけて、僕たちはロブスター号の応急修理を終えた。
完璧な状態とは言えないけど、船は普通に航海できる程度にはなった。
修理が終わった日、慰労のためにいつもよりちょっと豪華な食事を楽しんだ後、僕は船長に呼ばれた。
船長室のドアをノックする。
「入りなさい」
僕はドアを開け、中に入る。
船長は部屋の真ん中に立っていた。僕にソファをすすめ、自分も腰掛ける。僕はすすめられたとおり、船長の向かい側に座った。
「船の修理はめどがついた。よくやってくれた。ありがとう」
「いえ、僕はあまり役に立てなかったです。もちろん、サボったわけじゃないですけど、ただ、その」
「わかっている。そのことで来てもらった」
「……はい」
船長に呼ばれたときから、なんの話かは見当がついている。元の世界へ帰ること、いま僕と話すことは、それしかありえない。
船長は一呼吸おいてから、話を進めた。
「エルメット石の伝説が真実だとわかった今、すべての準備は整ったと考えている。君が帰る条件はすべて、ね。君が望めば、技術的には今すぐでも帰れるはずだ」
「……技術的には、ですか」
「そうだ。だが、最後にもうひとつだけ、君にはやることがあるだろう。彼女と、話すべきではないかな?」
船長には、僕の思いはお見通しのようだ。
「はい。そのつもりです」
「呼んである。もうすぐ来るだろう」
その言葉に合わせたかのように、ドアがノックされた。
船長の「入りなさい」の返事を受けて、ジーナが入ってくる。僕がいるのを見て、どういうことなのか悟ったようだった。
「話す時間はいくらあっても足りないだろうが、この未知の地にあまり長期間滞在するのはリスクが高いことも事実だ。私は席を外そう。限られた時間だが、有意義に使ってくれ」
船長は席を立ち、その空いた席にジーナを座らせた。そして、静かに部屋から出ていった。
僕たちは、正面から見つめ合う。




