第7話 君のじゃないとダメなんだ
花蓮は、ベッドの上に優しくスタインの人形を寝かせ、人形を上から覗き込む。
「スタイン〜、聞こえてるぅ?大丈夫?怪我はないかなぁ…?」
シーン…
「うーん…やっぱり人形のままじゃ、ダメだよね…」
花蓮はゆっくりと深呼吸をすると、意を決してスタインの人形の頬に唇を優しく当てる。
カッ——!
目の前が白い閃光に包まれた。と思ったら、急に腕をグイッと引っ張られる。
「きゃっ!!」
ベッドの上に寝転ぶスタインの上に、平行に乗っかった花蓮。
慌てて顔を上げると、目の前にはニヤっと笑うスタインの顔。
「心配してくれてたね」
そう言うとスタインは、花蓮の髪の毛先に優しく触れる。
「ス、スタインの人形を落としちゃったから…っ!大丈夫かなって…!」
花蓮は動揺のあまり、スタインの上からどこうとモゾモゾと動く。
すると、スタインがガシッと花蓮の腰を強く抱きしめ、花蓮をスタインの右側にトサッと落とす。
「ちょっ…!」
驚く花蓮を、横から優しくギュッと抱きしめるスタイン。
「——花蓮、聞いてもいい?」
「な、なに…?」
花蓮は自分の体に絡みつくスタインの腕を解こうと、必至に腕を掴んで持ち上げようとする。
「さっきの男、誰」
「え?さっきの?……あ、あぁ〜!涼太のこと?隣に住んでる幼馴染だよ」
答えると、スタインの腕がさっきより強く花蓮の体に絡む。
「仲良さそうだったね」
「えっ?普通じゃない?幼馴染だし、それに今度一緒に演奏会出るから、最近頻繁に会ってるし、気兼ねない関係なだけだよ」
「あー……」
スタインは花蓮の体から腕を離すと、ベッドに起き上がり床に足を下ろして腰掛ける。
「思い出した。花蓮がピアノを弾きながら話してた相手って、彼だったってわけだ」
「…え?…どういうこと?話してた相手って?」
花蓮も起き上がると、スタインの後ろにちょこんと座る。
「言っただろ?俺のいた楽器の国では、ピアノを弾く人達が見えていたって。そこで、花蓮がよく誰かと話してるのを見てたんだよね。ピアノを弾く人以外はうつらないからさ、誰と話してるかまでは分からなかったんだよね」
「あぁ〜なるほどね〜!って…あれ?でも、私の所に来たのは、運じゃなかったっけ…?前からスタインは、私のことを知ってたの?」
花蓮が首を傾げると、スタインは一瞬ハッとした表情をし、その後、振り返って腕を伸ばしてきて花蓮を抱き寄せる。
「そうだよ、運。本当に、運命なんだ…」
花蓮の頭に、自分の顔を擦り付けるスタイン。
「分かった、分かった。あっ、ほら外見て!もういい時間になってきた!そろそろ親が出発するかも。ちょっと下に行って様子を見てくるから、ね、離れて、ね?」
拗ねたような顔で花蓮を解放したスタインを部屋に残し、ドアを閉めた花蓮はドアに背を預け音を出さずに息を吐く。
距離の近いスタインに度々心臓がもたなくたるが、それとは別にまるで犬のように人懐っこいスタインの性格に、これから両親がいなくなる寂しさが少し和らぐのを感じていた。
◇◇◇
「はーい!いってらっしゃーい!気をつけてね!またね〜っ!」
急いでタクシーに乗り込んで出発する両親を見送った花蓮は、玄関の鍵を閉めると上を見上げる。
「無事、ご両親は出発できた?」
2階から、スタインが上半身と顔を出す。
「うん、できたよ。ありがとう」
花蓮が笑いかけると、スタインも笑い返す。
「俺が下に降りるから待ってて」
スタインはそう言って身を引っ込めた後、階段をおりて来て、玄関ホールに上がった花蓮の前へと来る。
(あれ…?)
外が暗くなったせいなのか、玄関ホールの電気の色との相性もあるのか、スタインの顔色が冴えないように見える。
「…ねぇ…、どこか具合悪い…?」
花蓮は手を伸ばし、スタインの額に手を当てる。
すると、スタインは一瞬目を見開き、その後に優しい笑みを浮かべ、花蓮の肩におでこをつける。
「そういう優しい所は、昔から変わらないね」
「…え?」
「花蓮、お願いがあるんだけど、今から少しだけでいいから、ピアノ弾いてくれる?」
「いいけど…それで具合は良くなるの…?」
スタインは花蓮の肩で小さく頷く。
「分かった。じゃあ、ゆっくり階段上って行こう。スタイン、辛かったら私が肩組んで一緒に階段上るよ?」
花蓮は、自分にもたれ掛かるスタインの背中を優しく上下にさすると、スタインは顔を背けてブフォッと吹き出す。
「大丈夫!さすがにそこまでじゃない。てか、流石に、花蓮が俺を担ぎながら階段上るのは無理でしょ。花蓮が怪我するよ」
ツボに入ったのか、声を押し殺しお腹を抱えて笑うスタインに、花蓮はまた自分が変なことを言ったのかと恥ずかしくなる。
「そんなに笑うー…!?」
花蓮は口を尖らせ1人で階段を上り始めると、後ろからスタインの腕が伸びてきて引き止められる。
「ごめん。バカにしたわけじゃない。ありがとう、心配してくれたのも分かってるし、嬉しかったよ。花蓮といると楽しいし、飽きないよ」
ギュッと後ろから抱きしめられ、花蓮は心臓が自分の体から飛び出しそうなほどに緊張する。
「あ、ありがとう、そう言ってくれて。ほ、ほら、もっと体調悪くなる前に、早くピアノ部屋に行こう」
階段を上ってピアノ部屋に入り電気をつけた花蓮は、改めてスタインの顔を見た後に、びっくりする。
玄関ホールで見たときより、明らかに顔色が良くなかった。
「ちょ…ちょっと!ここの椅子に座って!」
花蓮は、慌ててクッション性のあるオレンジ色の1人掛け用の椅子を横から引っ張ると、スタインの肩を押して座らせる。
「ねぇ、本当に顔色が悪いよ。大丈夫?どうしたの?お水持ってこようか?」
「いや…大丈夫。それより、何か弾いて欲しい」
椅子の肘掛けに頬杖をつくスタインは、少し苦しそうな表情でピアノを指さす。
「…分かった、今弾くから」
花蓮はピアノの蓋を開けると、すぐに穏やかなクラシック曲を弾いていく。
弾きながらチラッと横を向きスタインの様子を伺うと、まだ顔色の悪い状態で頬杖をつき、じっと花蓮を見つめていた。
(とりあえず、スタインが満足するまで…)
それからは、花蓮は演奏に集中しスタインを見ずに曲を最後まで弾いた。
パチパチパチパチ!
花蓮が横を振り向くと、椅子に座ったスタインが、笑顔で拍手をしていた。もう頬杖をついておらず、顔も血色が良くなり先程と比べると格段に調子が良くなっているように見えた。
「…具合はどう?もう大丈夫そう?」
「すっごいいい。もう元気になった。ありがと」
笑顔を見せるスタインに、ホッと一安心した花蓮は胸を撫で下ろす。
すると、スタインは真面目な顔をし、上半身を前のめりにし、両手を合わせて組むと、低い声で話し始める。
「さっきは心配させてごめん。実は、こっちの世界でも定期的にピアノの演奏を聞かないと、調子が悪くなるんだ」
「そっか、そうだったんだ…。じゃあっ、演奏会とかコンサートとか、いっぱい一緒に行こう!」
「——いや、そうじゃないんだ」
「え?」
「ピアノの演奏は、俺を呼び出した主である花蓮、君のじゃないとダメなんだ」
「えぇっ」
「てことで、これからはどこへ行くにも俺と一緒でよろしく」
「え…どこ行くのにも…??…ええっ!?」
イタズラっぽく笑うスタインに、花蓮は先行き不安になるのだった。




