第3話 抱きついてよ
「ピアノの…王子…?」
ぽかんとする花蓮。
自己紹介で自分のことを躊躇なく王子という人は、初めて見た。
「そうだよ」
自信ありげにニコッと笑うスタインの顔がまたイケメンで、花蓮は自分の顔が勝手に緩むのが分かり、慌てて両手で頬を抑える。
スタインはくるりと後ろを向くと、グランドピアノにそっと手を置く。
「花蓮ちゃん、毎日グランドピアノ弾いてくれてありがとね。気持ちよかったし、嬉しかったよ」
「き…気持ち…!?な…何を言ってるんですか!!それに…なんで私の名前を?」
スタインはニヤッと笑う。
「俺は王子だよ。そのくらい分かるって」
「えぇ…それじゃ答えになってないです…。知っている理由を教え…」
ガチャッ
玄関のドアが開く音が聞こえた。
花蓮は思わず体を硬直させ、ピアノ部屋のドアを音を立てずにゆっくりとスライドさせる。数cm開けて耳をそばだてると、父と母が少し声のトーンを抑えて話す声が聞こえてくる。
「あなた、花蓮ちゃんもう寝てるかもしれないから、上に上がるときは静かにお願いしますね」
「なんだ花蓮はもう寝てしまったか。話をしたかったんだが」
「明日にしましょう。明日、3人でお茶でも飲みながら、ゆっくり話しましょうよ」
話しながら父と母がリビングに入っていく音を確認したあと、花蓮はゆっくりとピアノ部屋のドアを閉め、部屋の中央にいるスタインを見る。
「…どうしよう…」
「顔が…青ざめてるぞ、大丈夫か?」
グランドピアノに背を預けてもたれかかっていたスタインは、上半身を起こし花蓮を心配そうに見つめる。
「大丈夫じゃない、お父さんとお母さんが帰ってきちゃった…どうしよう、スタインさんが見つかったら、なんて言ったらいいの、えっ、えっ、どうしよう、どうしたらいい?!」
花蓮はピアノ部屋のドアの前で行ったり来たりして、1人焦る。
うろたえる花蓮の姿をじっと見つめていたスタインは、ゆっくりと花蓮の側に近付いていく。
花蓮は近寄ってきたスタインに気付き立ち止まり見上げると、スタインが花蓮の後ろのドアに片手を優しくドンとつく。
花蓮は体をビクッとさせ、スタインを見つめるる。
「——俺の姿が見られたら問題なんだろ?それなら俺にいい考えがある」
「…いい考え?」
「そう、いい考え。知りたい?」
「知りたい!」
「いいよ。でも、そんな簡単には教えてあげられないかな〜」
「えっ、じゃあ、どうしたら教えてくれるの?」
「そうだなー…」
イタズラっぽく笑うスタインは、花蓮に顔を近付ける。
「俺に抱きついたら、教えてあげる」
「………は」
花蓮は一瞬脱力したが、両手をギュッと握り腕を下に突っ張る。
「ちょ…っと!私が本気で困ってるのに、そんなこと言うとか…!ふざけてるの!?信じられないっ!」
「ちょっ、声でかいって!」
スタインが慌てて花蓮の口を片手で塞ぐ。
「ちょっ…急に口を覆わないで…っ」
花蓮はスタインの手を掴みながら口の中でモゴモゴ言うと、スタインが唇に人差し指を立てて、ピタッと動きを止める。
「———しっ!花蓮、静かにして」
すると、1階のリビングのドアが開く音が聞こえた後、声がする。
「今、上から何か聞こえなかったか?もしかして、花蓮は、まだ起きてるんじゃないか?」
「変ねぇ…先に寝てていいわよ、って言ったのに、まだ起きてるのかしら」
父と母の声に、花蓮は冷や汗が垂れる。
「どうしようっ…!」
階段を上ってくる音が聞こえ、パニックになった花蓮は大きく目を開け、目の前のスタインを見つめる。
「どうしよう…っ、どこか隠れて…!!」
そう言って咄嗟にピアノ部屋中に目をやったものの、背の高いスタインが隠れられる場所などない。
階段を上る足音は、どんどんと近付いてくる。
(もうダメだ…!)
花蓮は自分の口元に当てているスタインの手を両手でギュッと掴み、両目をギュッとつぶる。
「花蓮ちゃ〜ん?」
母の声と共に、ドアが開く音する。
「あら?いないわね。どこに行ったのかしら?」
ピアノ部屋のドアは開かず、どうやら、花蓮の部屋に行ったようだ。
「なんだ、いないじゃないか。花蓮は自分の部屋にいないで、どこにいるんだ」
一瞬、ホッと安心するが、なんとなく勘で、その後に父と母がこっちの部屋に来るような気がする。
「ピアノ部屋にでもいるかな」
(ほら、やっぱり——!!)
花蓮は大きく目を開けて、自分の口に手を当てる目の前のスタインを見る。スタインは花蓮と目が合うと、コクンと小さく頷いた。
「花蓮、ここにいるかい——?」
花蓮の左肩越し、すぐ横のドアから父の声が聞こえる。
(スタインが、見られちゃうっ……!)
花蓮は、自分の真横のドアがスライドし少しずつ開いてていくのを、まるでスローモーションのように見ていた。すると、突然口元に当たっていたスタインの手の感触がなくなった。
「……えっ?」
驚いてスタインがいた正面を見ると、目の前には誰も立っていなかった。
「おおっ、驚いた!なんだ、花蓮、こんな暗い所で何をしているんだ?」
ドアを横にスライドさせた父親は、ドアを開けた目の前にいる花蓮に、ひどく驚いたようだった。
「あ、お父さん……お帰りなさい」
花蓮は、咄嗟に当たり障りない返答をする。
すると、父親の後ろから母親がヒョコっと顔を出す。
「花蓮ちゃん、お部屋にいなかったから心配したわよ。もう寝たんじゃなかったの?大丈夫…?日中も、なんかピアノの練習が行き詰まっていたようだったし…」
父親の背中につかまって顔を出す母親は、本当に花蓮のことが心配そうだった。
慌てた花蓮は、取り繕った笑顔を父親と母親に向ける。
「大丈夫よ、なんか眠れなくて…ちょっと楽譜を見てただけ」
「…こんな暗い中でか?」
父親は、訝しげに真っ暗なピアノ部屋を見渡す。
花蓮も部屋の中をキョロキョロと見回し、スタインがどこかにいるか探し出そうとする。
「あ…ほら、厚地のカーテン引いてなかったから、部屋の中に少し外の光が入ってきてて、なんとなく見えてたの」
「…ふむ、まぁいい。今日はもう遅いから早く寝なさい」
「は、はぁい…!」
花蓮は、いそいそとピアノ部屋から出ようとする。
すると、足元に何か柔らかい物が当たる感触があった。
花蓮は足元を見ると、そこにはフェルトの人形が落ちていた。
暗い中でよくよく目を凝らして見ると、金色の髪をしたそのフェルトの人形は、どことなく見た目がスタインに似ていた。
「あら?お人形さんが落ちてるわよ。これは、花蓮ちゃんの?」
母親がしゃがんで取ろうとするのを見て、花蓮は慌ててサッと床から拾い上げる。
「あ…うん!ありがとう!それじゃあ、おやすみなさい!」
花蓮はピアノ部屋を出ると、驚く両親の横をパタパタと素早く通り過ぎ、自室へ入るとドアを背中でパタンと閉める。
そして、先ほど拾ったフェルトの人形を両手で持ち、マジマジと見つめる。
鞄にもつけられそうな、片手のサイズくらいだ。
「ふぅ〜…とりあえず、スタインは見られなかったけど…スタインはどこにいっちゃったのかな…ピアノに戻ったとか…?確認したいな…でも今からまたピアノ部屋に戻ると、お父さんとお母さんに怪しまれるし…」
花蓮は、ふぅと溜め息をつき、フェルトの人形を持ったままベッドに横になる。




