第20話 落としたのは私…?
ホテルに入ると、またもマネージャーの白谷が立って出迎えてくれたが、花蓮は白谷を睨みつける。
だが、白谷はそんな花蓮の表情にも動じず、そして淡々とエレベーターへと促す。
花蓮は無言でエレベーターに乗り込むと、白谷がまた鍵をエレベーターへ差し込み、スムーズにエレベーターが上昇していく。
花蓮がエレベーター上部の階数表示を見つめていた、そのときだった。
急にガコッとエレベーターが急停止し、花蓮はよろめく。
「きゃっ…何が…」
——ドン!!——
慌ててエレベーターの壁に体を寄せる花蓮のすぐ横の壁に、勢いよく大きな手がついた。
花蓮は怯えた顔で見上げると、無表情の白谷がこちらを見下ろしていた。そして、白谷は花蓮の太ももに手をなぞらせる。
「え——!?やだ…!!何をするんですか!!?やめてください!!」
花蓮は白谷の手を掴んで体から離すも、白谷はまた無言で花蓮に手を伸ばす。今度は両手を花蓮の腰に手を回し、そのまま手は下へと下がっていく。
「…はっ…!いやぁああっ!本当にやめて——!!」
花蓮は白谷を力一杯押すと、その場でうずくまり、両腕に顔を埋める。
「…なんでこんなことを…するんですか……」
「…特に理由はありません」
白谷の答えに呆然とした花蓮は、腕から顔を上げ白谷を見る。止めどなく溢れる涙が、いく筋にもなって頬を伝っていく。すると、白谷の手が、花蓮の顔の前に伸びてくる。
(いやだ!!怖い——!スタイン!!助けて——!)
花蓮は頭の上で両腕をクロスさせ俯くと、エレベーター内が眩いほどの閃光で埋め尽くされる。
すると、次の瞬間、花蓮は優しく誰かに抱きしめられた。バリウスだ。
バリウスは花蓮を抱きしめながら、鋭い目つきで白谷を見ていた。花蓮は顔を上げバリウスを見つめると、バリウスは白谷へ向けた目つきとは打って変わって、優しい瞳で花蓮を見つめる。
「大丈夫ですか、花蓮様。お怪我はありませんか…?私が出るのが遅かったですね…怖い思いをさせてすみません」
花蓮の涙を優しくハンカチで拭くバリウスに、花蓮は安堵の気持ちが込み上げてきてまた涙が溢れる。
すると、エレベーターの中央で立ち尽くす白谷が、2人を見て急に笑い出す。
「——はははっ…!あの閃光でまさかとは思いましたが…こんな偶然もあるのですね…!そこのあなたも、もしや楽器の王子ですか。……主は誰ですか?まさか、花蓮様が2人の王子を呼ばれたと?」
「…私の主は花蓮様ではありません。ですが、だからといって主の名を明かすつもりもありません」
「…なるほど…そうですか。まぁ、いいでしょう」
白谷はエレベーターの階層ボタンへ近付くと、差し込んであった鍵を捻る。するとまたエレベーターが動き上り出す。
「バリウス…ごめんなさい…私のせいで、関係ないあなたまで正体がバレてしまったの…」
「いいんです。気にしないでください。それより、花蓮様に付いてきて良かったと、心の底から思いました…」
切ない表情で微笑んだバリウスに、花蓮はまたも抱きしめられる。
「バリウス……」
花蓮は驚いたが、今は何よりもバリウスがいてくれることに安心できた。
「着きました。降りてください」
冷たく2人を見下ろす白谷に、2人はエレベーターをおりると、白谷についていき東堂麗香の待つ部屋へと入る。
「白谷ご苦労さま」
ベッドの上にバスローブ姿で座る東堂麗香が、ニッコリ微笑んでこちらを見ていた。
「こんばんは、花蓮さん。こんなにすぐお会いするとは、取材のときには思いませんでしたわ、ねぇ…そうでしょう?……あら…。そちらの素敵な男性は誰かしら」
東堂麗香は指を唇に当て、うっとりした顔で花蓮の隣に立つバリウスを見つめる。
「お嬢様。こちらの男性は、おそらく楽器の国の王子の1人です。先ほど、エレベーター内で昔スタイン様がいらしたときと同様の閃光を見ました」
「まぁ…そう…。彼も王子…でも、花蓮さんの…ってわけでは、なさそうねえ…。まぁいいわ。花蓮さん、あなただけ私のそばに来ていただけるかしら」
東堂麗香に人差し指で来なさいとジェスチャーされ、花蓮が近づいて行くと、東堂麗香がベッドから降りて花蓮に近付き耳元で囁く。
「ねえ、白谷はどうだった?彼、触れ方も紳士的でしょう?」
薄ら笑いを浮かべる東堂麗香に、花蓮はカッと顔を真っ赤にしてのけぞる。
東堂麗香は踵を返すと、ベッドにまたのぼり、何かを手に掴む。
「ふふっ、そうそう、あなたがお探しの人形って、これでしょ?」
東堂麗香がニッコリ笑って見せたのは、
「スタインの人形…!!」
花蓮が近付いて手を伸ばすと、東堂麗香は上に手をあげ人形を触れないようにする。
「だめよ、急に人の手から取るなんて、マナーのなっていない方ね」
東堂麗香はニコリと笑い、スタインの人形を自分の頬に押し付ける。
「早く返してください!スタインのエネルギーがもう…」
「分かってるわよ。だからそんなに騒がないで。いい?私は、この人形が落ちていたのを拾ったの。それなのに、まるで盗んだかのような言い方をされて、深く傷ついたわ…。白谷、あれを見せてあげてちょうだい」
東堂麗香に指示され、白谷がホテル内のテレビを付けると、部屋の映像がうつりだされる。
「これはね、この部屋の防犯カメラの映像なのだけれど、ホテルにお願いして借りてきましたの。ほら、見てくださる?」
映し出されたのは、花蓮が今日取材後に部屋から出るところだった。そしてエレベーターに乗り込む手前で、スタインの人形を床に落としている。
「え…うそ…」
(私のカバン、帰ったときも穴なんて空いていなかったのに、なぜ…?!)
「ほらね、あなたが落としたんじゃない。きちんと映像に残っておりますのよ?」
「………」
「まぁ、素直に謝らないんですのね。いいですわ。それでも、疑われて私は気分は良くないですわねえ…」
東堂麗香は、スタインの人形を人差し指でなぞりながら微笑む。
「あまりにも悲しいから、懇意にしている記者の方に、全音企画さんの担当者が私を盗人呼ばりしたって、泣きつこうかしら…?」
「やめてください——!!」
「それなら、1つお願いがありますの。海生島…ってご存知かしら?」
「海生島ですか?はい、あの有名な離島ですよね…」
「私、海生島の料理が好物ですの。そこの料理を持ってきてくださったら、今回のことも許して差し上げますわ」
「料理…その、何の料理か教えていただけますか…?」
「あそこに出店されているお店の、全ての料理が好きなの。何を買ってこられるかは、お任せするわ」
「…分かりました。それでは、明日お待ちするようにします…」
「はぁい。お願いしま〜す」
「あの…それで、スタインの人形を…!」
「あ、そうだったわね。はい」
スタインの人形を掴んだ手を伸ばした東堂麗香は、花蓮の前に人形を突き出す。
「スタイン……!!」
花蓮はスタインの人形を掴み取ると、胸で強く抱きしめる。そして、そっと人形の頬に口付けをすると、眩い閃光と共に元の姿に戻ったスタインが現れた。
「スタイン…!大丈夫!?」
花蓮がスタインの頬に手をやると、その手をスタインが強く掴みギュッと目を閉じる。
「…心配かけてごめん……」
「大丈夫だよ、私の方こそ、落としちゃってごめんね……」
花蓮が涙ぐむと、スタインが力任せに花蓮を抱き寄せる。
「スタイン…そんなに強くだと痛いよ…それに、皆んな見てるから…」
花蓮は恥ずかしくなり、スタインから離れようとする。しかし、スタインはその場から動かず、抱きしめた腕も緩む気配もない。
「スタイン…!」
花蓮は離してもらおうとスタインの背中を強めにさすると、スタインが花蓮の横を前のめりに倒れていく。
「スタイン——!!」




