第2話 ピアノの王子
「はぁ〜…いいなぁ〜涼太は…」
パジャマになった花蓮は、自分の部屋のベッドに寝転んで、腕を額に当てて天井を見つめる。
涼太が帰った後もひたすら1人で練習をしたが、やはり思っているように弾けず、更に音楽活動が順調そうな涼太に対する嫉妬も、ジワジワと湧いて出てきてしまい、最後に弾いた練習は酷くガタガタだった。
花蓮は、また深く溜息をつく。
「才能がある人が羨ましいな…」
そういう花蓮も、大学でも同学年や先生からは一目置かれる存在であった。大学が開催する外部向けの演奏会があった際には、選抜メンバーに選ばれ、ソロのピアノ演奏で出たこともある。
だが、今や一般の事務員との二足の草鞋生活で、なんなら事務員として働いている方が生活の主軸だったりする。
世間一般的から見れば、働いていることは立派なことだし、ましてや時々ではあっても、まだコンサートを開けるだけ花蓮は恵まれているだろう。
だが、花蓮自身は今の現状に納得できていなかった。
父親は、様々な楽器を修理する音楽業界内では有名な楽器リペアマン。母親は楽器はそこまで得意ではないが、音楽全般の知識が広く深く、様々な出版社からコラム等の執筆依頼をされている。つまり、両親は音楽に携わった仕事をしているコテコテの音楽関係者。
「なのに、私はプロにもなれない、中途半端な生き方…」
花蓮は横向きになり、白い壁を見つめる。
「…ピアノ、このまま続けててもいいのかなぁ…上手く弾けないし、もうやめどきかな…」
花蓮が悩んでいると、自室のドアがコンコンと叩かれた。
「花蓮ちゃん、ちょっといいかしら?」
母親の声に、花蓮はベッドから起き上がり、はーい、と返事をする。
ガチャとドアを開けた母親は、お風呂に入ったはずだが、洋服を着ていた。
「あれ、お母さん、どうしたの?もう夜だけど…、これから外出?」
「うん、そうなの。お父さんから今電話があってね、お仕事関係の方とお打ち合わせが終わったらしいんだけれど、その方を私にも紹介したいんですって。私の仕事にも繋がりそうだって。隣の駅にいるそうだから、車でサッと行ってすぐ帰ってくるわね。花蓮ちゃん、夜1人になっちゃうんだけど、大丈夫かしら…?」
「…お母さん…、私もう成人してるのよ。1人でも大丈夫!お母さんこそ、夜だから運転に気をつけてね」
「ありがとう、ごめんね。花蓮ちゃんは私達の帰りを待たないでいいから、先に寝ていてね」
部屋のドアを閉めながら母親は、花蓮に向かって手をヒラヒラとふる。
母親が玄関のドアを閉め鍵をかけた音がした数分後には、エンジンがかかった車が敷地内を出て行く音がし、花蓮は母が無事出発したことを確認した。
1人になった、ふと何か飲み物が飲みたくなり、部屋のドアをゆっくりと開ける。
自室以外は真っ暗で、花蓮は急に心細くなり怖くなる。
ゆっくりと階段を下りてリビングへ行き、紅茶を入れるとその場で飲み干し、キッチンのシンクにカップを置く。
その後、小走りで階段を駆け上がり2階へ戻ると、ふとピアノの練習部屋が気になった。
花蓮は練習部屋のドアに手をかけると、ゆっくりと横にスライドさせ、真っ暗な部屋の中を覗く。
真っ暗な部屋の中に、大きな黒いグランドピアノが置かれている図は、それだけで少し不気味だった。
学生時代に音楽室に幽霊が出るという噂が立つのも、これを見た後だと、なんとなく無理もない気がしてくる。
とりわけ寒いわけでもないのに、急に体がブルブルっと震え、花蓮はそんな自分自身の反応にまた怖くなる。
「もう部屋に戻って、歯磨きして寝ちゃ……あっ…!」
花蓮はピアノ練習部屋に入ったときから、なにか違和感を覚えていたが、その理由が分かった。
「カーテンを引き忘れてた〜」
いつもは外が暗くなってきたタイミングで、練習室の窓のカーテンを引くのだが、今日はあまりにも練習がうまく行かず、そのことばかり悶々と考えていたせいか、外が暗くなっていることに気がつかず、カーテンのことをすっかり忘れていた。
「早く引かなきゃ。外から丸見えだわ」
白いレースのカーテンは引かれているが、厚手のカーテンは端に寄ったままだ。
花蓮は窓際に立つと、空を見上げる。真っ暗な中でも、星がキラキラと光っていて、それが部屋の中をほんの少し明るく染める。そして、その僅かな光が、電気のついていない真っ暗な部屋の中でグランドピアノを際立たせており、なんとも言えない神秘的な空間になっていた。
「せっかく綺麗だけど、カーテンはひかなきゃね」
グランドピアノを見つめていた花蓮は、窓に向き直り厚手のカーテンを掴んだそのときだった。
急に部屋が明るくなった気がして、振り返る。
すると、ピアノが発光し始めていたのだ。
まるで夜空の星を全て集めてグランドピアノの周りにつけたかのように、キラキラと。
「えっ…!なに…なんなの…!?きゃあっ」
どんどん光が眩くなっていき、花蓮は怖くなり怯えて厚地のカーテンにしがみ付く。すると、カッと激しい閃光と共に、一瞬目の前が真っ白になる。
カーテンに顔をくつけて、目をギュッとつぶる花蓮。
光がおさまったかどうか確認するために、おそるおそる目を開けると、グランドピアノの前にはうずくまった1人の男性が。
「えっ………えっ…誰……?えっ…どうしよう…」
突然現れた男性の存在に、脳が理解ができず、カーテンを掴みながらフリーズする花蓮。
すると、うずくまっていた男性がゆっくりと立ち上がり、花蓮をじっと見つめると、ゆっくりと花蓮の方へと近づいて来た。
向かってくる男性に、恐怖で言葉が出ず、カーテンにしがみつく花蓮。
男性は花蓮の前に来ると、ピタッと立ち止まった。
花蓮は怯えながらも、その男性をじっと見上げる。
男性は背がとても高く、涼太と同じくらいありそうだった。そして、金髪で、目は大きく綺麗なアーモンド型、鼻は高く、目鼻立ちがくっきりしている。それだけではなく、目や立ち姿からは男らしい力強さも感じて、つまり、誰がどうみてもイケメンだった。
顔の良さによるマジックか、花蓮はカーテンにしがみつく手の力が自然に緩む。
「あの…」
花蓮は男性に向かっておずおずと声をかけると、男性がニコッとイタズラっぽく笑う。そして、
「んーーーー!!」
男性は口に笑みを浮かべたまま目を閉じて、腕を伸ばして背伸びをする。
「あーーやっと出られた!久しぶりの外の世界、いいなーっ!」
ニコッと笑うと金髪の前髪から覗く目が、少し垂れ目のようになり、かっこいい中でも可愛らしさも見え隠れする。
花蓮は男性のあまりのビジュアルの良さに、思わず恐怖心を忘れじっと見つめてしまった。
男性は花蓮の視線に気付き背伸びをやめると、優しく微笑み花蓮をじっと見つめる。
「急に現れてびっくりしたよね。ごめんね」
男性は花蓮と同じ顔の位置まで背を屈めると、前髪をかきあげてニコッと笑う。
「俺の名前はスタイン。楽器の国から来たピアノの王子だ。よろしくね、花蓮ちゃん」




