第19話 元主と今主
「え…バリウス、今なんて…?東堂さんが、スタインの前の主…?」
「…そうです」
「うそ…そんな偶然て、ある…?それに、東堂さんは私にそんなこと一言も言わなかった…」
「ですが、スタインの人形を、真っ先に手に取ったと、おっしゃってましたね」
「そうだけど…でも、それならなぜあのとき、東堂さんはスタインのことを知ってるって言わなかったの?まるで初めて見るみたいな口調だったし…」
「隠したかったんじゃないか」
椅子から立ち上がった涼太は、花蓮とバリウスの前のテーブルに寄りかかると、腕を組んで険しい顔をする。
「隠したかった…?でも、なんで…」
「それは、分からない。だが、元主ということなら、花蓮のカバンからスタインの人形を抜き取った可能性は高くなったな。今から連絡をして、元主と知っていると話せば、これから会ってもらえるんじゃないか」
「そうだね…でも……」
花蓮は自分の手に視線を落とす。
「どうした?」
「スタインは私の所に戻ってこれるのに、戻ってこないってことは、もしかしたら東堂さんと話したいのかもしれないし…。それか、私より東堂さんの方が良かったのかも…しれないし…ほら、東堂さん私のは比べものにならない程にピアノも上手いしね…?だから、無理やりなんか取り戻しに行くのも…」
「それは違います!」
椅子から勢いよく立ち上がったバリウスに、花蓮と涼太は驚いて見上げる。
「違います!それは!絶対に!!…スタインが、元主を選ぶはずがない…!」
「バ…バリウス…?」
「…何か理由があって、スタインはここに戻れないだけです…!なので、絶対に…スタインの前で自分より東堂様の方がいい、などとは言わないでください…!」
「…分かった…ごめんなさい、言わない。でも、バリウス…そんな…東堂さんを選ぶことはかいって、なんで…?」
「おい、バリウス、スタインと東堂さんのことで何か知っていることがあるなら——」
「私は…!……申し訳ありませんが、これ以上は話せません。あとは、スタインが花蓮様に話すことです。…ただ、これだけは言わせてください。スタインは、離れてしまってから今までずっと、真っ先に花蓮様の元に戻りたいと思っているはずです」
整ったバリウスの顔が、悲しみで歪むのを見て、花蓮はバリウスの手を優しく握る。
「…バリウス…ありがとう」
涼太は、花蓮とバリウスの肩を掴むと両者の顔をじっと見つめる。
「何があったのかは分からないが、とりあえず東堂さんに連絡して会うしかないな。花蓮、宿泊しているホテルは知ってるんだろう?タクシーで向かいながら電話するぞ、行くぞ!」
◆◆◆
「まだ戻らないわねえ〜…」
バスローブ姿の東堂麗香はベッドにうつ伏せで寝転び、スタインの人形を指でつつく。
「ね〜え、白谷。チャージしたら、その後どのくらいもつんだったかしら?」
東堂麗香は顔を後ろに晒し、自分の体をマッサージしている白谷をじっと見る。
「状況により一概にこうとは言えませんが、もし花蓮様が朝チャージしたのみだとしましたら、そろそろ限界かと」
「花蓮様…とか。様なんてやめてよ、あの女に。あの女は人からものを盗む泥棒猫でしょ!」
東堂麗香は自分の背中を指圧する白谷の手を、部屋中に音が響く程に勢いよく跳ね除ける。
「はい。申し訳ありませんでした」
「そんな当たり前のこと、私に言わせないで。普通に分かっててくれないかしら?」
東堂麗香は前に向き直ると、両手で掴んだスタインの人形に向かって微笑む。
「ねぇ、スタイン。聞こえてるんでしょう?そろそろ、元の姿に戻った方がいいんじゃなぁい?あなたに会えると思って、こんなに素敵な部屋を取ったのに。人形のままじゃ、つまらないじゃな〜い?」
東堂麗香はスタインの人形の口に、自分の唇を重ねる。それも長く圧を加えながら。
「麗香様、他に何かご所望の場所はありませんか」
寝そべる東堂麗香の隣に座り尋ねる白谷は、東堂麗香の腰に指を当てながら、バスローブから出ている東堂麗香の腕や足を、艶かしい目つきで見つめる。
「ないわ。今はもうスタインがいるんだから、あんたにしてもらう必要もないわ」
「分かりました」
白谷は東堂麗香から手を離し、ベッドから降りると部屋を後にしようとする。
「———麗香様、連絡がきております」
「誰から〜?」
東堂麗香はスタインの人形を、頭から足まで指でなぞる。
「全音企画の…」
東堂麗香は勢いよくベッドから起き上がると、白谷の持っているスマホを奪い取る。
「もしもし」
「…あの…東堂様、遅い時間に申し訳ありません。もう一度お聞きしたいことがあります。本当に、そちらに私が持っていたフェルトの人形…いえ、スタインの人形はありませんか?」
「ですから、人形など——」
「…東堂様はスタインの元主でいらっしゃったのですよね…?」
「…ふぅ〜ん…あら、そう…そういうこと…」
東堂麗香は、腕に抱えているスタインの人形を見る。
「スタインが、あなたに話したのかしら?」
「やっぱり知って…!スタインの人形を返してください!」
「人形を持っているとは、言っていないけれど?」
「…でしたら、逆にお聞きします。スタインの元主である東堂さんが、今の主こ私に会ったのは、偶然ですか?それとも、私のことを知っていて、今回の取材担当に私を選ばれたんですか!?」
「そうだとしたら?それが何か?」
「……っ。スタインと話したかったなら、私に話してくだされば…!」
「そんな簡単なことではないのよね〜…」
東堂麗香は、スタインの人形に頬擦りする。
「私が元主と確認したかっただけなら、もういいかしら?切らせていただき…」
「待ってください…!元主でしたらお分かりのはずです!私達の世界で生きるには、スタインに主の演奏でチャージが必要だと。スタインは、朝にチャージしたきりなんです、今すぐにチャージしないと、スタインが危険なんです、お願いします!スタインに会わせてください…!」
「……」
「スタインの人形を真っ先に手に取るくらい懐かしまれるくらいならば、東堂様もスタインが命を落とすのは本望ではないはずです!お願いします…!」
「分かったわ。そうしたら今から今日来たホテルにいらしてくれるかしら」
「分かりました…!今からすぐ向かいます!」
花蓮は通話を終えると、タクシーの助手席に座る涼太にスマホを返す。
「俺とバリウスも一緒に部屋に入る。いいな?」
「ううん、私1人で行く」
「な…!あっちが何を考えてるか分からないんだぞ!?」
「涼太の今後の音楽活動を考えるなら、東堂さんに目をつけられない方がいいよ。大丈夫、何かあったら連絡するから」
花蓮は太ももの上にのせた手を、ギュッと握る。
「花蓮様。でしたら、私が人形となり同行しましょう」
「…分かった。ありがとうバリウス」
隣に座るバリウスは心配そうな顔で微笑み、花蓮の手に自分の手を重ねた。
「あの、ホテルよ…」
暗くなりその大きさが更に威圧感をましたホテルの敷地に、3人が乗ったタクシーが入っていく。




