第18話 元主は
「本当にいいの?私手伝うよ」
「本当に大丈夫です。それより、先輩早くお子さんのお迎えに行ってあげないと」
「ん〜…じゃあさ、明日に仕上げるのでも間に合いそうなものは残しておいて、明日私も手伝うからさ。今日は疲れたでしょ?無理せず、早めに帰りなね」
「はい、ありがとうございます。お疲れさまです」
会社に戻った花蓮は、課長や同じチームの人に取材の結果を報告した後、席に戻り隣で帰り支度をしているサエと話していた。
「ほんと、明日、私手伝うから残しておいていいからね!あ、あと、東堂麗香さんと連絡取ってた担当者から、東堂さんと連絡がつく電話番号を聞いといたよ。花蓮ちゃんのパソコンの、うん、そう、そこに貼っといたから、何かあったら連絡しなね。じゃあね!お疲れさまー!」
「ありがとうございます!」
(先輩は本当気が利くなあ〜…)
サエの貼ったメモを確認したあと、サエに手を振り、花蓮はカバンの中からパソコンと私物を取り出していく。
(えっと…あ、あれ…?)
一瞬フリーズした花蓮は、カバンの中をゴソゴソと手で掻き回す。
「えっ、うそ、うそ、うそ!あれっ……ないっ!」
花蓮はカバンをひっくり返し、中身をデスク上に全てぶちまける。
(ない……!!ない!スタインの人形!!)
他の人がどうした、どうした?とザワザワして尋ねてくれるも、花蓮はデスク前で立ち尽くし呆然とする。
(えっ、いつ…?落とした…?ううん、私ずっとカバンに入れっぱなしだったし…取材中に落としたあとは、ちゃんとカバンに戻したし…えっ…じゃあいつなくなった…?)
花蓮は頭が真っ白なまま、デスク上の私物をグチャグチャと手でかき分ける。
(ない…えっ…うそでしょ…どうしよう…)
「あっ…!」
花蓮は、東堂麗香との連絡先が書かれたメモをパソコンから引き剥がすと、廊下へと飛び出しスマホでメモにある番号へかける。
「——はい」
「あ、あのっ、お忙しい中、大変申し訳ありません。東堂様のお電話で宜しいでしょうか!?」
「はい、そうですが、どちら様でしょうか」
「…あっ、はい、失礼しました!白谷さんでいらっしゃいますよね?私は本日、取材に伺わせていただきました全音企画の…」
「…申し訳ありませんが、次の予定が差し迫っておりまして、あいにく今電話に出ている余裕がございません。本日の取材の件でしたら、また後ほどにしていただけますか」
「あっ、いえ、違うんです。あの、1つだけすぐ終わることでお聞きしたいことがありまして、あのっ、私、今日そちらに忘れ物をしておりませんか?あの、東堂様も気にしていらっしゃった、フェルトの人形なのですが…」
「いえ、こちらにはそのような物はありません」
「あの…私、トイレに行っている間、カバンを置きっぱなしにしてしまってたんですが、その間にもしかして落としてしまったかな、って…」
「カバンが落ちてないのは、戻られた際にそちらもご確認済みではないですか。それでは、まるで私共が勝手に拝借したと、そう仰っているようにも聞こえますが」
「あっ…いえっ、違います!違うんですが…!」
「話の途中で申し訳ありませんが、東堂の次の取材が始まりますので、失礼いたします。何か気付いたことがありましたら、またご連絡をさせていただきます」
「あっ…まっ……!」
——プツッ——
(言い方を間違えたかも…ああっ…でも、本当に…なくなったとしたら、カバンを手放したトイレ行ったときだけなのに…どうしよう…なんで私はカバンを持っていかなかったの…!あぁ…どうしたら…!ホテルに今から向かう…!?…でも、約束してないのに部屋には入れないよね…どうしよう、どうしたらいいの…!)
花蓮はメモを両手で握りしめたまま、涙を浮かべ俯く。
「おぉ、花蓮、どうした?」
ハッと顔をあげると、目の前には涼太がいた。
「涼太…なんでここに…?」
「これから、打ち合わせなんだ。それよりどうした?…泣いてるのか…?」
花蓮は目の端を手で拭うと、涼太の腕を強く掴み耳元に口を近付け小声で話す。
「おいっ…!…な、どうした?!」
「ねぇ、バリウスは?今どこにいるの!?人形にして連れてきてたりする!?」
「あぁ、そうだよ。よく分かるな。人形にしてこのカバンに入れてある」
「あとで、バリウスに聞きたいことがあるの!打ち合わせが終わったらでいいから、話させて!!お願い!!」
「あ、あぁ。分かった。ずいぶん、必死だな?大丈夫か?」
「とりあえず、私、涼太が終わるまで仕事して待ってるから!終わったらすぐ声かけて!」
花蓮は踵を返し執務室へと戻っていくと、パソコンに向かい残りの仕事に大急ぎで取り掛かる。
(とりあえず、今は涼太が終わるのを待つしかない…どうしよう…スタイン…無事でいて…!)
ダメ元でもう一度カバンに手を突っ込むも、やはりなく不安で手が震える。
チラッと壁に目を向けると、時計の時間は、既に18時をさしていた。
(どうしよう…スタイン…!どこにいるの…)
◇◇
「花蓮、終わったぞ」
パソコンに向かう花蓮の肩に涼太が手を置いたのは、既に19時を回っていて、執務室内にも人はまばらになっていた。
「あっ…!ありがと…!」
「…おい、大丈夫か…?指が震えてるぞ…?」
キーボードの上にのせた花蓮の指は、カタカタと細かく震えていた。
「あの、今すぐどこかで話したいんだけど…」
「あぁ、分かった。なら、会議室に行くか」
花蓮と涼太は会議室に入ると、涼太が会議室のブラインドを全て急いで下げる。すると、バリウスが閃光と共に現れた。
「花蓮様、どうしたのですか?涼太様との話で、私と話したいと言っているのが聞こえましたが」
「バリウス…!ねぇ、人形になったスタインを見つける方法ってない!?」
「人形のスタインを見つける…?落ち着いてください花蓮様、どういうことですか…?」
バリウスの腕を掴みユサユサと揺らす花蓮に、バリウスはそっと触れる。
「もしかして、スタインとはぐれてしまったのですか?」
「違うの…違うの、はぐれてなんかない!一緒にいたし、私は絶対彼を落としてないもの…でも、証拠もないし、どうしたらいいの…」
「花蓮様…」
バリウスはポケットからハンカチを取り出し、花蓮の溢れる涙をそっと拭ってくれる。
黙ったまま2人の様子を見ていた涼太は、会議室の鍵を閉めると花蓮に近付く。
「花蓮、よく話が見えない。とりあえず、椅子に座って落ち着いて何があったか最初から話してくれないか」
「実は今日——」
◇◇
「…なるほどな。花蓮の話だと、確かにその場面でしか、抜き取られるのはありえないな…」
「そうなの!どうしよう、でも東堂さんが取ったって思ってるのも、私の勘違いかもしれないし、どうしたらいいの…涼太、東堂さんと連絡取ってたりしないの?!」
「同じコンサートに出たことがある縁で連絡先は知っているから連絡は取れるんだが…、急に俺が連絡するのは先方も警戒して、ことがうまく運ばないかもしれない。そうだ、バリウス、お前は何か他にいい方法を……バリウス…?どうした…?」
椅子に座ったバリウスは目を見開き、両膝に握り拳を置き、体を強張らせていた。
「どうした、体調でも悪いのか…?チャージはさっきしたが…」
「……違います。チャージは間に合っています…」
バリウスは節目がちになり、首を小さく横に振る。
(あ…この感じ…チャージが原因じゃないのに様子がおかしいの…昨日のスタインと同じだ…)
花蓮は、昨日の元気がなかったスタインの様子が脳裏に浮かぶ。
「ねぇ、バリウス。スタインも昨日あなたと似た様子になったの…。チャージが原因じゃないのに、元気がなくて…」
「…花蓮様は、理由を何かスタインから聞きましたか」
「ううん…落ち着いたときに話すって言われたんだけど、こんなことになっちゃって、まだ…」
「そう…ですか…」
「…あっ!どうしよう!もう8時になっちゃう…!朝チャージしただけなのに、どうしよう…もうチャージ切れちゃうよね??スタインが倒れちゃう…!ねぇ、バリウス、どうしたらいい!?どう探したら…」
「………」
「バリウス…!」
花蓮がバリウスの拳に触れると、バリウスの大きな拳の血管が更に浮き出て、ギュッと強く握りしめなおしたのが分かった。
「…お2人の希望に添えず申し訳ありませんが、残念ながら、スタインのいる場所を探し出す方法はありません」
「えっ…うそ…ないの…」
「はい。ですが、スタイン側が花蓮様を見つけ戻ることは可能です」
「えっ…そうなの…?それなら、なぜスタインは戻ってこないの…?」
「おそらく…ですが…、戻ろうにも戻れない状況なのかと…」
「戻れない状況?どういうこと…?」
「……スタインが言っていない以上、私から全てをお話しすることはできませんが……。スタインが戻らない理由は…、スタインの元主が東堂様…東堂麗香様だったことが関係しているかもしれません」




