第17話 カバンは置いたままでどうぞ
「…でして、それでその音楽祭に携わるようになりました。それから——」
「はい…」
花蓮は目が回りそうなほどに、忙しくパソコンを打っていく。東堂麗香の取材が始まってからは、ずっと合間なく話続けられ、多少の変換ミスがあっても、戻れないほどに話すスピードが早く、花蓮はもう打ち込むことに無我夢中だった。
取材だというのにパソコンから視線を上げ顔を見ながら話す余裕もなく、自分が想像していた取材の様子とは180度異なっていた。
(話される内容が膨大すぎて…でも、なんとか漏らさず打ち込まないと…)
「あなた…花蓮さんて、珍しいわね」
「えっ、ど、どこがでしょうか!?」
先ほど話した内容を忘れないうちにパソコンにと、必死に指を動かしていると、東堂麗香がクスクス笑い出す。
「ごめんなさいね。私、話すの早かったかしら。でも、だいたいの方が録音するか記憶されるかで、その場でパソコンに打ち込む方はいらっしゃらないので、なんだか新鮮だわ。ふふっ」
花蓮は、顔が急激に火照るのが分かった。
(そうか、皆んなそうするんだ…)
取材経験ゼロ、事務職の花蓮はそんな基本的なことも知らず、事務職らしくすぐその場で打ち込み、と考えてしまっていた。
(恥ずかしすぎる——!)
花蓮がギュッと手を握りしめ俯くと、東堂麗香が冷めた目つきでマネージャーの白谷をチラッと見る。
「花蓮さん、こういう取材対応初めてでいらっしゃるの?お疲れになったんじゃないかしら。白谷、紅茶を出して差し上げて」
「あっ、そんな…!お気遣いいただかなくて、結構でございます、そんな取材する側が何も…はっ!」
(そうだ、こういう場合って手土産とか、持ってきた方が良かったんじゃない?!)
花蓮は自分の足らなさに、どんどんと気持ちが落ち込んでいく。
「いいんですのよ。取材の際に何かいただくことが多いですけれども、お菓子などはたくさんいただき過ぎて困ってしまっているくらいですから」
優しく微笑む東堂麗香。
(フォロー…してくれたのかな…?)
花蓮はオロオロしていると、東堂麗香がニコッと微笑んでくれた。
「どうぞ、こちら紅茶でございます。お飲みになってください」
「あっ、ありがとうございます!」
近くの丸テーブルに紅茶を置いたマネージャーの白谷に、花蓮は慌てて立ち上がりながら頭を下げると、足元に置いてあったカバンを倒してしまい中身がその場で散らばってしまう。
「あっ!ごめんなさい!」
花蓮はパソコンを椅子に置き、慌てて床に跪いて散らばった私物を集めようとすると、東堂麗香が来て花蓮の隣に素早く跪き、真っ先にスタインの人形を拾い上げる。
「あっ…」
「このお人形素敵ね。花蓮さんが作られた物なの?」
「いえ、違います。あの、でもそれは大事なものなので、返していただけますか…」
笑みを浮かべてスタインの人形を撫でていた東堂麗香は手を止め、花蓮を真っ直ぐに見つめてきたのだが、
——ゾクッ
さっきまでのお嬢様らしい様子はどこにいったのか、冷たく、そしてまるでゴミを見るような目付きで花蓮を見るのだった。
「…あっ…あの…」
恐怖で背中の毛がよだつ思いだったが、花蓮は勇気を振り絞って必死に声を出す。
「あの…その人形を…」
「お返ししますわね」
さっきの冷たい瞳とは打って変わり、最初に会ったときの雰囲気に戻った東堂麗香は、スタインの人形を両手で丁寧に花蓮に渡してくれた。
「ありがとうございます…」
花蓮はおずおずとお礼を言うと、東堂麗香は花蓮の顔を見ることなく、先ほどまで座っていた窓際の椅子までサッと戻り腰掛ける。
「花蓮さん、さっきの話の続きを進めたいんだけれど、いいかしら」
「あっ…はい、今準備します!すみません…!」
花蓮は慌てて私物をかき集めすくい上げると、カバンへ無造作に戻していく。
「こんな鈍臭い至って普通な子の、どこがそんなに気に入ったのかしら…」
「え?」
「いえ、なんでもないですわ」
パソコンをいじり始めた花蓮は、何か言われた気がして東堂麗香の方へ振り向いたが、彼女はニッコリとその美人なお顔で微笑んでおり、花蓮は気のせいだったのかと思い直す。
◇◇
「…以上のことを、記事にしていただければと思います。長々とお話ししてしまって、ごめんなさい。打つの大変だったでしょう」
「いえっ、大丈夫です!東堂様が丁寧に、分かりやすくお話してくださったので。ありがとうございます」
「そう、それなら良かったわ。それはそうと、花蓮さんもピアノを弾かれると聞きましたが、今も弾いていらっしゃるの?」
「あっ、はい…今は仕事と両立してですし、練習に割ける時間はあまりないのが正直なところなのですが…時々、友人と共に演奏会に出させていただいたりしております」
「まぁ、そうなの。すごいですわね。お仕事しながらだと大変でしょう。私には到底真似できないわ」
「そんな…!東堂様と私では、レベルが全く違い過ぎますので…!逆に恐縮です…」
「そんなに謙遜されなくても良いのよ。なんだか、花蓮さんてお会いしてお話すると可愛らしい方って感じで、やっぱり見ていただけでは性格って分からないものね」
「…あっ、はい、そうですね…」
(見ていた…?…あれ…?東堂さんと私って、今日が初対面なはずなんだけど…)
「お嬢様、お話中申し訳ありませんがそろそろ…次のご予定がありますので…」
マネージャーの白谷が、2人の会話に割って入る。
「あっ…次のご予定が…気が回らず、申し訳ありません…!東堂様、私はここで失礼させていただきます」
「あら、残念だわ。ピアノのお話をもう少ししたかったのに、時間がもっとあれば良かったですわね。…あっ、そういえば、花蓮さんこちらにいらしてから、1回もお手洗いにいかれていないわよね?体に良くないわ、お帰りになられる前に、そこのお手洗いをお使いになって」
「いえいえっ…!!そんな!東堂様が借りられているお部屋のものを使うなど、絶対できません!!大丈夫ですので、お気遣いなく…はい」
「あら、そう…?気にしなくてもいいのよ」
「はい、本当に!」
花蓮はカバンに物を詰め、椅子や周辺に忘れ物はないか確認していると、マネージャーの白谷がスッと横に来た。
「この時間からは、このホテル周辺の道路は混雑します。よく渋滞もしておりますので、行きの2倍は時間がかかります。また、このホテルは宿泊者のみ、お手洗いの利用が許されております。1階やラウンジの所も使えませんので、お嬢様の言う通りになさった方が宜しいかと」
「えっ、そうなんですか…」
「白谷が言うんだから間違いないわ。さあどうぞ、本当に気にせずお使いになって」
先ほど飲んだ紅茶のせいか、はたまた2倍時間がかかるという事実のせいか、気は進まなかったがこのホテル周辺には商業施設もコンビニもないため、仕方なく使わせてもらうことにした。
「持ち物はどうぞ、そこに置いたままで構いませんので」
白谷に言われ、カバンやパソコンを椅子の上に置いたまま、白谷の後についてお手洗いへ向かう花蓮。
◇◇
「はぁ〜…良かったぁ〜…なんとか無事なのかは分からないけど、とりあえず終わったぁ〜…」
帰りのタクシーの中で、座席の背もたれに崩れかかるように座る花蓮。
(あとは会社に戻って内容をもう一度確認して…あっ、そういえば…!)
タクシーの窓から見える空がもう赤くなっているのを見て、慌てて腕時計を確認する。
「えっ!もう16時!?」
(今日は取材1つで1日終わっちゃった…まだ事務仕事たくさん残ってるのに〜…元気がないスタインにも早くチャージしてあげたいし、あぁー今日何時に帰れるの…?)
タクシーの中で半泣きになる花蓮は、会社の前に着くと大きく溜め息をつきながらタクシーを降りた。




