第16話 仕組まれたもの
次の朝、花蓮は出社すると、スタインの人形を机上に置き今日のスケジュールを確認する。
「おはよう花蓮ちゃん」
隣から悪戯っぽくニコッと笑うサエに、花蓮は昨日のことを突っつかれるな、と感じ自ら言われる前にと先手を打つ。
「先輩、言っておきますが、彼氏じゃないですからね」
「えぇ〜本当〜?あの後、彼と2人で楽しく過ごしたんじゃないの〜?」
サエは肘を机につきながら、嘘でしょ、信じられない、といった顔つきをする。
「そんなことより、先輩、ほら、メッセージ届いてますよ」
「あ、ほんとだ」
花蓮がパソコンの画面を指差すと、サエはパソコンに向き直り、指をキーボードの上にカタカタと走らせる。
(ふう〜、なんとか話そらせたかな)
花蓮はと静かに息を吐き席に座ると、チラッとスタインの人形を見る。
(楽しく過ごす…か…)
◇◇
—昨日の夜—
夜ご飯中も、結局スタインは元気がなく、食事もあまり進まずほとんど残していた。また、いつもはスタインが率先して行ってくれる夕食後の片付けも、昨日は花蓮が久しぶりに行った。片付け中もスタインは両肘をテーブルの上にのせ、両手で顔を覆っていた。
(本当に、スタイン大丈夫かな…エネルギーチャージしたのに、全然元気出てないし…やっぱり人形になる時間が多かったせいで、体に負担がかかっちゃったんじゃ…?)
花蓮は食器を食洗機に入れた後、フライパンをスポンジで洗おうと、シンクでスポンジに洗剤をつけたときだった。
「きゃっ…」
突然、背後からスタインに抱きつかれ、花蓮は驚いて小さく身体をビクつかせる。
「洗ってくれてありがとう」
「い…いえっ、ていうか、そもそも私の家だし私がやらなきゃいけなかったのに…!今まで、逆にいつもしてくれて、こちらこそありがとう…!」
「花蓮のためなら、余裕でやるよ。でも、今日はごめん…」
お腹に回されるスタインの手が、ギュッと強く締め付け、耳の近くでスタインの吐息が漏れる。
「…大丈夫だよ。体調悪いんでしょ。私、フライパンを今から洗っちゃうから、あっちのソファで休んでていいよ。あっ、それとも先にお風呂入って体休める?」
「…いい。花蓮の後に入るから。だから、早く洗って」
「え…洗う…けど、このままで…?」
「うん」
「…はい」
背中にピッタリとくっついたスタインは、花蓮がフライパンを洗っている最中も、頭の上に顔を埋めたり、首筋に鼻を擦り付けたりしてくる。
「く…くすぐったい〜あっ、キャハハッ」
急に脇腹をくすぐられ身を捩る花蓮は、思わずよろけて倒れそうになる。
「あっ…ぶな!」
倒れる花蓮を片手で受け止めたスタインは、花蓮を真っ直ぐに起こすと肩をすくませる。
「悪い。やり過ぎた」
「ほんとだよ〜!もうっ」
花蓮が頬を膨らませると、はにかんだスタインが人差し指でその頬をつつき、2人は互いに見つめ合いながら吹き出して笑う。
「よし、この流れで、お風呂も一緒に入っちゃうか」
「は、い、ら、な、い!っていうか、どういう流れ!?」
◇◇
(あの後からは、スタインもちょっといつもの感じに戻ったんだけど、でもまだ本調子じゃなさそうなんだよね〜…)
花蓮はパソコンでメールチェックをしていると、社内にバタバタと何人かが忙しそうに出入りしていて、慌ただしい雰囲気になった。
(何かあったのかな)
花蓮はパソコンから上目遣いで様子を見ながらも、自分の仕事をこなしていると、隣の席のサエが低い声で唸る。
「あー…花蓮ちゃん。今日これから忙しくなるかもよー…。花蓮ちゃん、東堂麗香さんにインタビューするんでしょ?さっき届いたメッセージにさ…」
サエと話していると課長から呼ばれ、課長のそばまで行く花蓮。
「出社して早々にすまないね。聞きたいんだが、これから外に出られるかな」
「えっ…これから外…ですか…?あっ…はい、大丈夫です、行けます…」
と、咄嗟に口ではそう言ったものの、頭からはじんわりと変な汗が吹き出る。なぜなら、この会社に勤務してから今まで、事務仕事だけだった花蓮は会社の外での仕事など今までしたことがなかったからだ。
「悪いね。どうやら昨日話した東堂麗香さんが、今近くのホテルに来ているらしくてね、先方が急だが今日これから例の企画の雑誌の取材をして欲しいと、言ってきたらしい。元々、取材の予定はまだ先だったんだが、どうやらコンサートや海外からの招集などでこの先忙しくなりそうだから、空いている今のうちにしてもらえないかと連絡してきたそうだ。こちらの準備と都合もあると伝えたんだが、東堂麗香さん側が引き下がらないらしくてね…大変申し訳ないが、これから行ってきて欲しい」
「…分かりました…。今から準備して向かいます」
花蓮は混乱と不安で半ば頭がパニック状態だったが、席まで戻ると急いでカバンに必要なものをつめていく。
その様子を心配そうに見つめるサエが、椅子に座ったまま花蓮のそばへ体を寄せる。
「ねぇ、大丈夫?話は聞こえてたし、メッセージにも同じ内容のが連絡担当からきてた。今から急に来いって…信じられない!やっぱり噂の通り東堂麗香様々だわ。うちの会社も会社よ、そんなワガママへのお付き合いは無理です!ってキッパリ断ればいいのに!」
「仕方ないですよ。うちは中小企業でそんなに大きく出られませんし、いくら相手が強引だといえ、こんな有名な方をやっぱり逃せませんし…」
「…花蓮ちゃん…。ねぇ、初めての取材なんでしょ…?課長に言って、私もついて行こうか」
「…いえ…大丈夫です。先輩、今日はプレゼンあるんですよね。それに、小さいお子さんがいて時短勤務で大変なのに、これ以上は申し訳なさ過ぎます。たくさん企画抱えて先輩も大変な中、心配してくださって、ありがとうございます。では、行ってきます…!」
机上に置いてあったスタインの人形も忘れずにカバンに入れて、執務室を早足で飛び出す花蓮。
課長に言われたホテルへと向かうため、会社の外に止まっているタクシーに乗り込み出発すると、ふとここで重要なことに気付く。
(あ…待って、今日インタビューするって…なんの趣旨でだろう…?何を聞いたらいいのか、何も聞いてない…!てか、そんな打ち合わせしてないし!)
花蓮は会社に確認の電話をしようとスマホを取り出したところで、サエからメッセージが届いた。
「今日の取材する内容だけれど、東堂麗香さんと連絡を取っていた担当者に聞いたら、東堂さん側が決めて話すから、それをそのまま記事にしてもらえればいいそうです。課長にも確認したところ、急なことなのでその対応でいいそうです。緊張すると思うけれど、頑張ってきてね。不安なことや分からないことがあったら、いつでも連絡ください」
(サエ先輩〜ありがとうございます…!)
花蓮は、タクシーの中でスマホをギュッと握りしめ、サエに感謝する。
「そろそろホテルに着きますよ」
タクシー運転手に言われて、花蓮はフロントガラスから外を見上げると、そこには見るからに高級そうな外観からして華やかなホテルが聳え立っていた。
ホテルにすら気圧されて萎縮した花蓮は、タクシーから降りて恐る恐るホテル内に入ると、入り口付近に立つ1人の男性に声をかけられる。
「失礼いたします。全音企画様の方でございますか?」
「あっ、はいそうですが…」
「初めまして。私は東堂麗香のマネージャーをしております、白谷と申します。本日はこちらの都合で突然お呼びだてしてしまい、大変申し訳ありませんでした。これから東堂のいる部屋へとご案内いたします」
マネージャーの白谷は背が高くスラッとしている男性で、少しの隙もないほどに身なりも所作もキッチリしている。既にマネージャーの段階で格の違いを見せられた気分だ。
花蓮は言われるがままエレベーターに乗り込むと、白谷はエレベーターに鍵を差し込み、ボタンを押すことなく、しかしエレベーターはそのまま上昇していく。
花蓮はドキドキしながら表示される階数を見ていると、そのままどんどん上がり続けキーンと耳鳴りが始まる。
「こちらでございます」
エレベーターの扉が開き案内されたのは最上階で、花蓮は初めて来る最上階に緊張で足がすくむ。
(どうしよう、こんなすごい場所に通されると思わなかった…。私普段の格好だし、場違い過ぎる、どうしよう…)
萎縮しながら白谷に案内されるままに着いて行くと、通された広い部屋の中央に、1人の女性が背を向けて立っていた。
「あっ…あの…失礼いたします…」
恐る恐る声をかけると、女性がくるりと振り向く。長い茶色い髪に所々緩くカールしており、目鼻立ちクッキリのその顔も加われば、華やかでゴージャスで、それでいて育ちの良さも感じ、一眼見ただけでお嬢様だと分かる。
「こんにちは。東堂麗香です。よろしくお願いしますね」
ニコッと微笑む彼女に目を奪われる花蓮だったが、まさかこの状況が彼女に仕組まれたものだとは、このとき、つゆほどにも思わなかった。




