第15話 話したいことがある
花蓮が会社を出ると外はもう暗く、急いで帰らなければと駅に向かって歩き出すと、隣のビルの路地に小さな黒猫がいるのが見えて、思わず足を止め路地に入る。
「お母さんと離れちゃった?大丈夫?お腹空いてないかな?」
黒猫の前にしゃがむと、肩にかけていたカバンの中からスタインの人形がポロリと落ちる。
「あっ…」
すると、カッと眩いほどの閃光と共に、スタインが現れる。
花蓮の近くに立ったまま、無言で花蓮を見下ろしている。
「あ…ごめんね、急いで帰ろうとしてたんだけど、この子猫ちゃんが気になって…。もうエネルギー切れちゃった…?寄り道してごめんね…」
花蓮がおそるおそる話しかけると、スタインが勢いよく隣にしゃがみ込む。
「ひゃっ…!」
驚いた花蓮は、思わずビクッとする。
すると、スタインは両手で子猫を抱き抱えると優しく何かを呟き、子猫の周りに淡い光が一瞬灯る。その後、子猫は元気に走り去り路地から出て行った。
「親猫の所へ帰れるようにした。あの猫は、もう大丈夫だ」
立ち上がって子猫の去って行った方を見るスタインを、花蓮は座ったまま下からじっと見つめる。
「スタインて、動物にも優しいんだね。可哀想だなって思っても、助けてあげるってなかなかできないよ。すごいね、ありがとう」
スタインに向かって笑いかけると、スタインは眉間に皺を寄せて顔を背けた。
不思議とスタインの顔が泣きそうに見えて、花蓮は動揺して立ち上がり、スタインの顔に手をそっと当てる。
「スタイン……?どうしたの…?きゃっ」
急にスタインに思いきり抱きしめられ、耳元で優しく囁かれる。
「俺なんかより、ずっと…ずっと花蓮の方が勇敢で優しいよ」
「私が?勇敢?そんな、私、勇者みたいなかっこいいこと、したことあったっけ?」
花蓮は笑いながらスタインの首筋をポンポンと優しく叩く。しかし、スタインは黙ったままで、花蓮はスタインの背中を、ゆっくりとさする。なぜか、今抱きしめてるスタインが、とても悲しそうに思えたから。
花蓮はスタインに抱きしめられながら、ふと路地の向こうの歩道の方からの視線を感じ、顔を横に向けて見ると、チラチラとこちらを覗く人々が目に入った。
おそらくだが、先ほどののスタインが現れたときの閃光が原因だろう。あの光は何なのかと、何かあったのかと気になっている様子で見たら、2人が抱き合ってるので、またそれも興味津々といったところだろう。
「…スタイン、皆んなこっちの方が気になってるみたい。一旦、ここから出よう?」
スタインは、花蓮を抱きしめたまま路地の方を見る。すると、覗いていた人々が、パッと散りいなくなる。
「ふん。すぐに引っ込んで、気の小さい奴らばかりだな」
スタインは鼻からフン!と息を出すと、またギュッと花蓮を抱きしめる。
「でも、そろそろ行こう?スタインも、エネルギーチャージしなきゃでしょ?」
「こうやってるのが、一番エネルギーチャージできる」
「もう、またそうやって〜」
スタインは花蓮の顔の近くでフッと笑い、花蓮の体に回していた腕をほどく。
「帰るか」
スタインは花蓮の手を取ると、優しく引っ張って行き路地から出ていく。路地から出ると、まだ数人が近くをウロウロしていて、出てきた2人を見ると驚いて、いそいそと散って行った。
「ふん、まだ野次馬がいたか」
「もう、そういうこと言わないの」
花蓮とスタインが歩道で話していると、
「あれ、花蓮ちゃん?」
少し離れた場所から呼び止めたのは、会社の先輩であるサエだった。
「あっ、サエ先輩!あれ?帰ったんじゃなかったですか?」
「あぁ、そうなんだけどさー、忘れ物しちゃって。明日のプレゼンの資料で、持って帰り忘れたものがあって戻ってきたんだけど〜」
花蓮はサエにちょいちょいと手招きされて、側まで行くと、サエは花蓮の耳に手を当て囁く。
「まさか、花蓮ちゃんに、あんな素敵でかっこいい彼氏がいたなんて、知らなかったよ〜!なになに、いつから付き合ってるの?!涼太くんもかっこいいのにー!もうっ、花蓮ちゃんたら、モテるんだからーっ!」
悪戯っぽくニヤッと笑うサエに、花蓮は慌てて目の前で両手でバツをつくる。
「ちがいますっ…!スタイン…彼は、彼氏じゃないですっ!!」
「スタインていうの?外国の人?それともハーフ?いずれにしても、すごーい!見たことないくらいイケメンだわー」
サエは花蓮から離れると、スタインに向かって笑顔でお辞儀をする。すると、スタインも頭をペコっと下げ、サエはその姿にもイケメン過ぎると悶えていた。
「あ〜〜眼福ーっ!会社に戻ってくるの憂鬱だったけど、戻ってきてラッキーだったわ!ありがとね、花蓮ちゃん、やる気でたわっ!それじゃ、また明日ね!」
サエは元気に手を振りながら会社のビルへと戻って行き、花蓮は頭を下げて手を振り見送った後、スタインの元に駆け寄ろうと振り返ると、2人の女性がスタインに話しかけていた。
(あれって…ナンパだよね)
花蓮は3人にゆっくりと近付いていくと、スタインが花蓮に気付き顔を向ける。
「スタイン、大丈夫…?」
「あぁ、なんでもない。行こう」
スタインは素早く2人の女性から離れると、花蓮の手を握り、身を屈め花蓮の頬にキスをする。
「……なっ…!?」
「早く2人の家に帰ろうよ」
ニッと笑うスタインに、花蓮は顔がどんどんと赤くなっていくのが分かった。
「なーんだ〜。彼女もちかー」
2人の女性は諦めたようで、口をすぼめてスタインから離れていった。
花蓮は顔が爆発しそうなほど火照っているなか、スタインはお構いなしに花蓮の手を引っ張って早足で歩いていく。
(スタインの手、あったかいな〜…)
寒く冷たい空気の中、スタインの大きな手は温かく握られているのが心地良く、家の前で手を離されたときには寂しくなり、まだ家に着かなければいいのにとすら思ってしまった。
(あ〜あ、手を離されちゃった…)
家の前で、寂しくなって立ち尽くす花蓮。
隣に立つスタインが、そんな花蓮の様子をチラッと見る。
「花蓮、鍵、開けてくれる?」
「え、あ、鍵…!そっか!鍵!」
花蓮は慌ててカバンの中に手を入れ、ゴソゴソと鍵の入れた場所を触る。
手を離したのは、鍵を開けるためと分かって、花蓮は嬉しくなり、ニヤニヤしてしまう。
鍵を取り出し扉を開け玄関に入ると、スタインが玄関の鍵を閉めた後、後ろから抱きしめてきた。
「ど…どうしたの?スタイン?」
「…花蓮は可愛いなって思って」
「あはは、いつもありがと」
スタインの手にポンポンと優しく触れた後、花蓮はスタインの手の上に自分の手を重ねる。
背後から抱きしめられているので、スタインの顔は見えないが、声からなんとなくさっき路地にいたときと同じような、少し淋しそうな顔をしているじゃないかと思えた。
「…スタイン、何か心配なことでもある…?」
「……俺……」
「うん」
「……」
黙ってしまったスタインに、花蓮は彼のエネルギーのことが心配になり、スタインを見上げる。
やはりスタインは少し泣き出しそうな、普段とは真逆の弱々しい不安そうな顔をしていた。
「スタイン…今日は会社に連れて行ったから、疲れちゃった?2階に行こ?ピアノ弾くから、エネルギーチャージして、元気だそっか」
「…いや、それは原因じゃない、俺……ごめん」
「いいよ、無理して何か言わなくても。言えるようになったときに、ちゃんと言ってくれればいいから」
花蓮は両腕をゆっくりと上げ、そっとスタインの顔を手で包むと、じっとスタインを見つめ微笑む。
そのあと、今度は花蓮がスタインの手を取り玄関で靴を脱ぎ2階へとリードする。
ピアノの部屋へ入ると、花蓮は電気をつけずにすぐにピアノを弾き始める。少し切ないピアノソナタをゆっくり弾きながら、スタインの方へと視線をやると、スタインは壁によりかかりながら腕を組み視線を床に落としていた。
引き終えた後に微動だにしないスタインに、花蓮はゆっくりと近付き腕にそっと手を置く。
すると、スタインは暗い表情のまま、ゆっくりと花蓮の顔を見つめる。
「…今度、時間のあるときに話したいことがある」
「うん、分かった。今日はもう遅いから、早く夜ご飯食べよう」
そう言うと、花蓮はスタインの両手を握り、ニコッと笑う。




