第14話 私を指名…?
「忘れ物はないか?」
「たぶん、ない!大丈夫!」
玄関でヒールを履く花蓮は、肩掛けの大きい黒バッグの中を開け、中を確認する。
花蓮は玄関にあるシューズボックス隣の鏡の前に立つと、パンツとブラウスの服装と髪の毛を整える。
「うん…いいね!」
花蓮はそう言うと、スタインを見上げる。
「じゃあ、お仕事行ってくるね!帰ってくるのは、そうだなぁ〜…だいたい19時前後かな?」
花蓮はスタインと手をタッチしようと、手を伸ばす。しかし、スタインは腕を組み、じっと花蓮を見下ろしたまま動かない。
「あ…あれ…?行ってきますのタッチしたいんだけど…だめ…?」
「やっぱり心配だから俺も行こうかな」
「ええっ!?」
じっと見つめてくるスタインに、思わず大声で聞き返す花蓮。
「あ、ごめんね、大きい声出して…やっぱり19時までは体力もたなそう?朝少しピアノ弾いたけど、やっぱりあれだけじゃ足らなそうで心配…?」
「いや、そうじゃなくて。花蓮のことが心配だからってこと。途中で何か危ない目にあうかもしれないじゃん」
「えっ…でも、電車に乗って職場に行って帰ってするだけだから、慣れてるし危ないこともないと思うよ…。それに、ついてきても何も面白くないよ?あ、そうだ、ついてくるっていっても、許可証がないからスタインは会社に入れないし、会社前でバイバイになっちゃう……あ…もしかして、スタイン…」
「ああ、人形になる。そのカバンに付けてってよ」
「えっ!…いや…ぁ、嫌じゃないけど、流石に仕事のカバンに可愛い人形を付けるのは…ちょっと…」
「じゃあ、カバンに入れていくのは?」
「まぁ…そうなんだけど…確かについてこれるし、ついてきてもいいんだけど。人形でほぼ一日中動けない状態でいるの、つまらなくない?」
「つまらないけど。花蓮がいないこの家で1人でいるのもつまらないし、同じつまらないなら一緒にいた方がいいかなーって」
「うー…そうかもしれないけど…」
「じゃ!そういうことで、よろしく!」
スタインは笑顔で花蓮に手を振ると、ボン!という音と共に煙を立てて消え、そのスタインのいた場所には、可愛いフェルトの人形になったスタインがいた。
花蓮は床からスタインの人形を拾うと、両手で持ちじっと見つめる。
「いいですか。会社では、静かにしててくださいね」
花蓮はスタインの人形をそっとカバンの中に入れると、腕時計を確認する。
「あっ、やだっ、電車の時間までもう時間ない!」
花蓮は慌てて玄関の鍵をしめ、走って駅まで向かう。
◇◇◇
「おはようございます」
花蓮は会社につき、自分のフロアのオフィスに入り挨拶をする。自分の席にカバンを置くと、隣の席の女性が座っている椅子を滑らせ花蓮に近付く。
「おはよ、花蓮ちゃん。ねね、あなたの幼馴染の凉太くん、今朝はちょっと元気なかったんだけど、昨日何かあったの?」
ボールペンを指ではさみ、クルクルと回して悪戯っぽく笑う彼女は、花蓮が入社した当時からよく面倒を見てくれている頼れる先輩だ。
「サエ先輩、そんな毎日、涼太の報告を私にしてこなくていいんですよ」
「えーっ。でも、涼太くんのパラメーターって、なんとなーく、花蓮ちゃんに関係してる感あるんだよね〜っ」
サエが顔を傾けると、それにつられて黒髪のショートヘアがサラッとなびき、美人な顔がよく見える。
「そんなことないですよ!何度も言ってますが、涼太とはただの幼馴染でそれ以上の関係はないです」
花蓮は椅子に座るとパソコンに電源を入れ、引き出しから物を取り出しデスク上に置いていく。
音楽関係の仕事をしたいと思っていた花蓮は運良く入社できたが、ほとんどがデスクワークだ。反して幼馴染の涼太は、プロの演奏家としてこの会社とマネジメント契約をしており、時々仕事の打ち合わせで会社に顔を出す。
「そうなの?お似合いだと思ってるんだけどなぁ〜…」
サエが惜しそうな顔をすると、椅子に座ったまま椅子を転がし自分の席に戻る。
「やめてください。本当、そんな関係じゃないんですっ」
花蓮はカバンの中から物を取り出していると、サエがあっ、と声を出す。
「なにその人形、可愛いねえ。なに、作ったの?それとも、ゲームの景品で取ったとか?」
スタインの人形を指差して、可愛い〜と目を細めるサエ。
「あっ…これは…そうです、そんな感じです」
花蓮は適当に濁すと、スタインの人形をパソコンの隣に座らせる。
「え〜花蓮ちゃんて、そんな趣味あったんだあ。初めて知ったよ〜。…あっ、そう言えば!聞いた?今度の雑誌企画のこと」
「雑誌の特集のことですか?」
「そうそう。なんと、驚き、特集相手はあの有名なピアニスト、東堂麗香らしいよ」
「ええっ!!あの!?最近、国際音楽コンクールで優勝した?!」
「そうそう!その麗香お嬢様!びっくりだよね〜!前回のショパンコンクールでも2位だったし、今や時の人って感じで。すっごく忙しいだろうに、中小企業のうちの会社の依頼にも応えてくれたらしいの。なんか、お高くとまった感じの人かな〜って見えてたから、うちなんてすぐ断ると思ったのに、なんか意外じゃない?」
「確かに…意外ですよね。うちの会社の誰かに知り合いがいるとかですかね?」
「あー…特に聞いてはないけど、あるとすれば、涼太くんじゃない?涼太くんなら演奏会繋がりで顔見知りとか、あるかもしれないじゃない?涼太くんから何か聞いてない?」
「聞いてないですけど、今度会ったら聞いてみますね」
「おっ、近々プライベートで会う約束あるの?」
「違います。今度、演奏会で一緒に演奏するのでっ、その合わせ練習ですっ」
「あ〜そういえば、言ってたね。ごめん、ごめん」
「も〜…本当に、先輩はぁ〜」
花蓮はサエに向かって頬を膨らませ怒ったふりをした後、吹き出して笑うと、デスクを揺らしてもいないのに、なぜかスタインの人形が横にポテンと倒れる。
(あっ…そうだった。スタインには全部聞こえてるんだった…!)
花蓮はスタインの人形を優しく元に戻すと、他の人に見えないよう素早く、スタインの人形の頭を撫でる。
「あっ、そうだ、花蓮ちゃん、2人にきてるメールの件なんだけどね——」
「あっ、はい」
サエに話しかけられ、花蓮はサエのパソコンの前へと椅子を移動させる。
◇◇
「じゃ、お先に〜!お疲れ様〜!」
「あっ、はい、お疲れ様です」
花蓮は先に退勤するサエに手を振ると、パソコンを打ちながら時計を見る。
(あ…もう18時…!)
パソコンを打ちながらも、横目でチラッとスタインの人形を見る。
(そういえば、スタインは人形になってても、同じくらいよエネルギー消費するのかな…それとも変化してるし、逆にもっと…?)
悶々と考えていると花蓮は急に怖くなり、データ保存をすると、パソコンの電源を落とし帰る方向にもっていく。
すると突然、前方に座っている課長から名前を呼ばれ、慌てて席を立ち課長の元に行く。
「はい、課長お呼びでしょうか」
「あぁ、忙しいところ悪いね。もう噂で聞いているかもしれないが、うちの雑誌でピアニストの東堂麗香さんを紹介することになってね、それでそのインタビューを君にお願いしたいんだ」
「…えっ!?わ、私ですか…?!それは…任せていただけることは大変嬉しいのですが…ですが、今までインタビューをしたことがない私が、急にこんな有名な方を担当するのは…」
「そうだよねえ。僕もそう思ったんだが、なんと麗香さんサイドからの強い要望らしいんだ。君は麗香さんと知り合いなのかな?」
「いえっ!そんなとんでもない!ピアノ演奏をするという点以外では、全く接点もありませんし、直接お会いしたこともありません…!」
「そうかぁ。じゃあ、なんでなんだろうなあ?向こうの考えは分からないが、とりあえずこの事は決定事案だ。インタビュー日の調整などは、別の担当者が行うから、君はインタビュー内容を考えておいてくれるかな」
「はい…分かりました…」
花蓮は自席に戻ると、残業している周囲の人に悟られないよう、心の中で深くため息をつく。
(こんな大役、急に私にこなせる…?それにしても、なんで私…?)
パソコンの電源が落ちているのを確認すると、花蓮はデスク上に置いたカバンの中にスタインの人形を入れる。




