第10話 1つめの願い
「花蓮!!」
花蓮の隣に跪いていたスタインが、血相を変えて立ち上がる。
「1個目の願いにする…?花蓮、本気で言ってるのか?俺は主の願いを2個叶えれば、1年経っていなくてもあっちの世界に戻らなきゃいけない。それを分かっていて、あんなくだらないことに、願いの1つを使うと言ってるのか…!?」
「うん…だめだった…?」
花蓮がおずおずとスタインに尋ねると、涼太が口を挟む。
「おい、くだらなくはないだろ」
涼太の言葉に、スタインは少しイラついた様子で涼太を見る。
「くだらないね。俺は花蓮と会って間もないが、花蓮のことを大切に思っている。男女の関係の心配なんて、正直論外だね」
「口ではなんとも言えるな」
互いに睨み合うスタインと涼太。
花蓮は2人の中に漂うピリピリした空気感に、どうしたらいいのか分からずオロオロする。
「ねぇ、2人共…落ち着いて…?ねぇ、スタイン、願いのことは分かってるけど、2個あるうちの1個はまだ残ってるし、私は叶えて欲しい程のお願いとか今は特にないから、1個くらいもう叶えても大丈夫かなって思ったんだけど…」
花蓮はスタインを見て、ゆっくりと優しく諭すように話す。だが、スタインはプイッと花蓮から顔を背け、リビングにあるソファの方へ歩いて行き腰掛けると、花蓮に顔を見せないように顔を背けた。
(傷つけちゃったかな…)
スタインの様子に落ち込む花蓮は、悲しい気持ちでスタインをじっと見つめる。
涼太は、そんな花蓮の様子をずっと見つめていたが、シンと静まり返ったリビングでゆっくりと話し出す。
「この願いが不服だったり色んな感情はあると思うが、花蓮の言う通り、願いにして約束することが、今この状況を打開させる最善なんじゃないか」
涼太は前傾姿勢になりテーブルの上に腕を伸ばして手を組むと、顔を横に向けスタインを見る。
「あとはスタイン、お前の気持ちだけだ。実際、叶えるかどうかは2人の問題だ。だが、花蓮の提案を取り下げるなら、他の代案を示す必要があるだろう」
花蓮と涼太の2人かは顔を背け話を聞いていたスタインは、しばらくは微動だにせず黙っていたが、少しして、あからさまに溜め息をつき、ソファの背もたれにドサっと思い切り寄りかかる。
「分かったよ。花蓮の願いを叶える」
そう言うとスタインは立ち上がり、涼太に鋭い視線を投げかける。
「その代わり、もうこれ以上俺と花蓮の関係に口を出さないでもらいたい」
「……あぁ、分かった」
涼太が静かな口調で返事をすると、スタインは花蓮の側へとゆっくりと近寄る。
花蓮は近寄ってきたスタインの顔を見上げると、スタインは先ほどまでの険しい顔から一転し、いつもの落ち着いた表情をしていた。
「花蓮、いいんだな。後悔しないな?」
「うん…大丈夫」
「分かった」
スタインはまた花蓮の横に跪くと、花蓮の手を優しく取り、そっと手の甲に口付けをする。
そして、何語かよく分からない言葉を話した後、花蓮を見つめる。
「私スタインと花蓮は健全に過ごすことを、ここに誓います」
そして、スタインはまた花蓮の手に口付けをし、花蓮の手をそっと離した。
「これで1つ目の願いは叶い終えた」
スタインは淡々と言うと、花蓮の顔を見ずに立ち上がり、正面に座っている涼太を見下ろす。
「あんたの希望通りになったんだ。もう用は済んだだろ。帰ったらどうかな」
スタインの表情と視線は冷たく威圧的で、流石の涼太も少したじろいだ。
「…ここは、スタインの家ではないだろう。指図される筋合いは——」
「だめ!もう、やめやめ!」
花蓮はテーブルに手をつき椅子から立ち上がると、2人の手を握り2人の顔を交互に見上げる。
「ねぇ、もうやめよ。そんな風にいがみ合わないで欲しい。スタインはピアノの王子、涼太はヴァイオリンのプロの演奏家だよ。同じ音楽界の人同士、ある意味、繋がってるじゃない。同じ音楽をする者同士、これからは仲良くして欲しいな…。スタインの事情も知ってるわけだし、お互いに困ったことがあれば協力しあえるかもしれないし…ね?」
花蓮の言葉に、2人ともムッとした表情をしばらくは崩さなかったが、意外にもスタインが先に口を開いた。
「…嫌…だけど、花蓮がそう言うなら、努力してみるよ」
「ありがとう!スタイン」
花蓮はスタインにニコッと微笑みかけ、スタインの手をギュッと握ると、スタインは恥ずかしそうに横を向く。
その様子に、涼太も慌てて口を開く。
「俺も同じだ。スタインのことはまだ信用しきれないが…、花蓮の言うことも分かる。同じ分野の者同士で仲違いしても、いいことはないしな」
「うん…!涼太もありがと」
花蓮は2人の返答に、ホッと安心して顔が緩む。
そんな花蓮の気の抜けた笑顔を見た2人もまた、顔が緩み、そしてその顔を互いに見てしまい、気まずくなって互いに視線を逸らす。
「あっ、そういえばっ、スタイン!」
花蓮は2人の手を離すと、胸の前でパチンと両手を鳴らす。
「なに?花蓮」
「そろそろ、音楽摂取した方がいいんじゃない?昨日みたいに、限界ギリギリまで我慢しないで、早めに摂取して常にエナジー満タンにしておこう」
「そうだね。そうと決まれば、早く上に行こうか、2人で」
勝ち誇ったかのような顔で、チラッと涼太を見るスタイン。
「ったく…はいはい、分かりました。俺は帰る」
嫌そうな顔で、ガタッと椅子から立ち上がった涼太。
「ごめんね、涼太。スタインには、主の私の演奏じゃないとダメらしくて…」
「あぁ、分かってる。それじゃ、また明日来るよ。演奏会も迫ってきてるし、そろそろ2人の合わせの練習をする頻度もあげないといけないしな」
涼太が眉毛を上げニンマリと口角をあげ、スタインに向かってニンマリと笑う。
「あ、そうだよね。本当、合わせの練習もっとしないとだよね。うん、明日ね!来るのは何時頃になりそう?」
「別件でオンラインミーティングが入ってるから、そうだな…帰ってスケジュールを確認したらまた連絡するよ。ただ、おそらく、午後になるとは思うよ」
「は〜い!分かった。お願いしま〜す」
その後、花蓮とスタインは涼太が玄関から帰るのを見送り玄関が閉まると、花蓮は玄関の下におりて複数ある鍵を指で回して閉めていく。
「施錠ちゃんとしないと、また涼太に言われちゃう」
「ずいぶんと信頼してるんだね、幼馴染のこと」
玄関の鍵を回す花蓮の側をスタインの手が伸びてきて、玄関の扉を強めに叩く。
花蓮は驚いて後ろを振り向くと、いつの間にか目の前にはスタインの顔が。
「えっ…なんで…?」
「俺のことすんなり話しただろ。楽器の国から来たなんて、普通信じないよ。それを躊躇せずあいつにすぐ打ち明けるって、なんかあいつのこと信用してんだなーって。正直、嫉妬したよね」
「あ…ごめんなさい…」
肩をすくめて身を縮こめらせる花蓮に、どんどんと顔を近付けるスタイン。
スタインの唇が、今にも花蓮の唇にかすりそうで、花蓮は目をギュッと握る。
むぎゅ
両頬を掴まれ、花蓮は目を開けると、スタインがニヤニヤと笑っていた。
「おーほっぺ、柔らかいなー」
「ちょ…にゃにするの」
スタインはニヤッと笑い手を離すと、花蓮から離れる。
「俺のために弾いてくれるんだろ?早く2階に行こ?」
「はぁ〜い」
花蓮が玄関から家に上がろうとすると、スタインが笑顔で手を伸ばす。花蓮はスタインの手を握ると2人はそのまま手を繋いだまま、階段を上っていった。




