水って美味しい
水を探して三千里
不思議な『水の香り』を頼りに、鬱蒼とした森の中をひたすら歩き続ける。どれくらい時間が経っただろうか。太陽は高い木々に遮られ、時間の感覚さえも曖昧になっていた。
すると、微かにではあるが、せせらぎのような音が耳に届き始めた。それと同時に、鼻腔をくすぐる『水の香り』が、先ほどとは比べ物にならないほど濃くなっていくのがわかる。
(間違いない、この先に水がある!)
確信が、乾ききった心に希望を灯す。
それにしても、なぜ俺はこれを『水の香り』だと認識できたのだろうか。本来、無味無臭であるはずの水を、これほど鮮明に感じ取れる理由は?そもそも、俺は誰で、ここはどこなんだ?
答えの出ない疑問が次々と頭をよぎり、渦を巻いて思考をかき乱す。気持ち悪さに吐き気さえ催すが、それでも足を止めるわけにはいかない。
そんな葛藤を繰り返しながら、さらに歩を進めた、その時だった。
木々の切れ間から、キラキラと光を反射する何かが遠くに見えた。
「――川だ!」
思わず声が漏れる。間違いない、あれは川だ。ようやく見つけた生命線。その光景を目にした瞬間、喉の渇きが爆発的に増した。まるで、身体中の水分が一気に蒸発してしまったかのような、猛烈な渇望。
ゴクリ、と乾いた喉が鳴る。
(水が、飲みたい……!)
身体の内側から突き上げてくるような、疼くような感覚。この感じは、ただの喉の渇きじゃない。もっと根源的な、魂が揺さぶられるような、そんな不快な衝動だ。
早く、一刻も早くあの川に辿り着きたい。
そう強く念じた瞬間、不思議なことが起こった。あれほど鉛のように重く、ふらついていた足が、まるで嘘のように軽くなったのだ。
(なんだ……?身体が、軽い……?)
まるで、見えない何かに背中を押されているかのように、自然と足が前へ前へと進んでいく。もう、ふらつきはない。
俺は、まるで川に吸い寄せられるように、その輝きを目指して駆け出していた。
もはや理屈ではなかった。俺は本能のままに、全力で川に向かって疾走していた。
ザッバァァァンッ!!
岸辺に到達すると同時に、俺は一切の躊躇なく川へと飛び込んだ。全身を包み込む水の冷たさが、火照った身体には心地良い。
俺はそのまま水中に顔を突っ込み、口を大きく開けて、ただひたすらに水を飲み込んだ。
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ――。
驚くべきことに、川の水は泥臭さなど一切なく、まるで最高級のミネラルウォーターのように澄み切っていて、体にスッと染み込んでいくのがわかった。身体中の細胞一つ一つが、まるで乾いたスポンジのように水を吸収していく。あの不快な疼きが、快感へと変わっていくのがはっきりと感じられた。
(うまい……ああ、なんてうまいんだ……!)
もはや思考は停止していた。
ただ一心不乱に、身体が求めるままに水を飲み続ける。
人間が一度に摂取できる量を、とっくに超えているはずだ。
だというのに、俺の身体はもっと、もっとと水を欲していた。
全身に水が満ち渡るこの感覚は、もはや快感そのものだった。幸せだ、と心の底から思う。このまま水と一体になってしまってもいいとさえ感じ始めた、その時だった。
「――ッ!?」
突如、腹の中心、へその少し上あたりが、まるで灼熱の鉄塊を押し付けられたかのように、信じられないほどの熱を帯び始めたのだ。
「ぐっ……あ、あああああああッ!!」
快感は一瞬にして消え去り、凄まじい激痛と熱波が全身を駆け巡る。俺はもがきながら、必死に川から這い上がった。濡れた土の上に転がり、腹を押さえてのたうち回る。
「熱い、熱い、熱いッ! なんだよこれッ!!」
身体の内側から焼き尽くされるような感覚。先ほどまであれほど求めていた水が、今度は体内で暴れ狂っているかのようだ。
意識が朦朧とする中、俺はただただ、この耐え難い苦痛に悶え苦しむことしかできなかった。一体、俺の身体に何が起こっているんだ――?
水って美味しい