3-1.「無人の教室」
足音が、規則正しく床材に響いた。
歩調の主は一人ではなかった。ナユタとミナ、そして――彼らの前方にいる、第三の存在。
それは、長い廊下を、一定の間隔で折り返しながら歩いていた。
背中には、黒板消しとチョークを収納する器具が固定されており、制服を模した服のような外装がわずかに風をはらんでいる。
「教育支援ユニット型B-7。初期型です」
ミナが解説を挟んだ。
「都市設計前期に導入された補助教育AI。非感情応答型。講義内容は定型文と映像教材を主とし、直接的な対話処理は段階的補助モードに限定されていました」
ナユタはその機体を観察した。
機体の動きは滑らかだった。エラーの兆候はなく、脚部には補修痕も見られない。むしろ、**“使われ続けていた”**ことが即座に分かる状態だった。
自動ドアが開いた。
ナユタが一歩踏み込むと、そこは教室だった。
長机が並び、椅子は整然と配置されていた。壁面には褪せた教材ポスター。空気は乾燥しており、温度調整はわずかに効いていた。
黒板の前に立つ教育ユニットが、講義を続けていた。
「これが正しい選択です」
ユニットは音程のぶれない声でそう述べ、黒板に図形を描いて見せた。
「最適解を得るためには、判断を誤ってはなりません。判断を誤った場合、修正を行うべきです」
誰もいない教室に向かって、彼は“話して”いた。
ミナは部屋の隅で記録を取っていた。
ナユタは、ユニットの背中を見つめながら、なぜか“居心地の悪さ”を感じていた。
そのAIは、完璧だった。
動作、発話、板書。すべてが適切で、手順どおりに実行されている。
それでも、どこかがずれている。違和感があった。
ナユタは思った。
“正しくあること”だけで、この場所は維持されていたのだろうか?
それは、教室という形式が“誰かを待つ場”であることを、すでに忘れているように見えた。