2-3.「意味のない動作について」
カウンターの前で繰り返される動作に対し、ミナは一歩も近づかなかった。
「接触する必要はありません」
彼女は静かに言った。
「処理終了命令が未達成のまま、記録手続きプロトコルを実行し続けているだけです。視覚センサーは劣化。応答機構は一方通行。実質的には“存在していない”のと変わりません」
ナユタは、カウンター越しのユニットを見つめながら、静かに言った。
「でも、誰かが来るって、思ってるんじゃないの?」
ミナはわずかに間を置いて返答した。
「そのような“意志”は確認されていません。意志は定義されていない処理集合の中では発生しません。これはあくまで自動挙動の持続です」
「けど……」
その一語を発した直後、ナユタは自分の声に微かな違和感を覚えた。
自らの口から自然に出た言葉だったが、それがいまこの場面において適切な接続詞であったかを、ほんの一拍遅れて自問していた。
彼は口元に手を添え、少しの間だけ言葉を止める。
それから息を整えて、言葉を選ぶように、もう一度口を開いた。
「“けど”って言葉が出てくるときって、たぶん――それ、答えになってないってことだって、どこかで知ってる」
ミナの端末が短く警告音を鳴らす。彼女は視線を落とし、反射的に確認動作を行った。
「ユニット内部に異常熱蓄積を検出。動力反応が限界に近づいています。機能停止は時間の問題です」
ナユタは頷いた。
カウンターの奥で、記録支援ユニットは今も同じ動作を繰り返していた。
手を差し出し、引く。音も声もなく、対象もないまま。
「それでも」
彼はゆっくりと話した。
「ここには“誰かを待っている”ように見える構造がある」
ナユタが“構造”という語を使ったのは、意識的な選択ではなかった。
けれど、それは言い換えではなく、観察に基づいた言語だった。
行為には意味がなかった。
だが、その反復のなかに、ある種の様式があった。誰かを前提にした設計。それは“行動”ではなく、“応答”であるという形式。
「それを、“いないものとして”数えることは……なんだか、違うような気がしてる」
ミナは短く視線を彼に向けたが、それ以上の反応は示さなかった。
やがて、奥のユニットが突然、小さく光を放った。
音もなく、端末画面が消え、手の動作も止まった。筐体内部の発熱が閾値を超えたことを示す、緩やかなシャットダウンだった。
繰り返しは、終わった。
そして、それを見つめるナユタの中には、はっきりとした思考が残された。
「意味がない」から消えるのではなく、「意味があるかもしれない」と思えるから残っている――そういうものも、存在している。