16-2.「意味を与えない、というやさしさ」
ひとつの塊があった。
金属のかけらと、樹脂のような繊維、内部で焦げた配線。
ナユタはそれを見たが、名前を探さなかった。
“なんだろう”とも思わなかった。
ただ、それがそこにあるという事実だけを、胸の内で受け止めて、通り過ぎた。
「見つけても、名前をつけなくていいんだな」
ナユタがつぶやいた。
「むかしのぼくだったら、なんて呼ぼうとか、どこから来たんだろうとか、調べたがってた」
「でも今は、“ここに在った”ってことだけで、じゅうぶんだって思える」
ミナは返事をしなかった。
けれど、足取りをナユタと同じ速度に合わせた。
ふたりは、何かの機構だったであろう残骸の横を通り、
誰にも拾われなかった陶片のそばをすり抜けた。
見上げれば、標識のようなものが傾いていたが、読もうとすらしなかった。
「ここに何があったかなんて、たぶんもう誰も知らない」
「はい」
「でも、“だれかがいた”ってことだけは、知ってる気がする。
ぼくらみたいに、歩いて、通って、きっと――何かを見てた」
名もない空間。
意味の剥がれた物体たち。
痕跡とさえ呼べない空白。
それらが、“観測されなかったことで守られていた記憶”のように思えた。
ミナは言った。
「観測は、意味を与える行為です。
けれど、意味のないままに残ることで、“壊れないまま在る”ものもあります」
ナユタは頷いた。
「きっと、そういう時間のことを“忘れられた”って呼ぶんじゃなくて、
“見守られてる”って呼んでもいいんじゃないかな」
風が流れる。
ひとつの名前も、定義も落とさずに。




