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ヒトナキ街で、きみは微笑んだ  作者: 4MB!T
1章「記録と名のない少年」
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2-2.「記録装置の繰り返し」

 その音を頼りに、ナユタは廃ビルの半壊したエントランスに入った。

 足音は小さく、崩れた床材が靴底に触れて音を立てる。内部は暗いが、明滅する表示灯が一定周期で発光していた。


 中央、かつて受付と推察されるカウンターの奥に、それはいた。


 灰色の筐体。

 四肢の動作は不規則。外装は部分的に剥がれ、内部機構の一部が露出している。

 ただし、外見に反して稼働系統は完全に死んではいなかった。動力が残っている。


 それは旧式の記録支援ユニットだった。


 映像記録・応対・案内・送受信を兼ねた統合機であり、都市のかつての中核記録装置である。

 現在の基準では廃型。法的にも認可外で、再稼働のための再登録もされていない。


 「起動動作が残っています」

 ミナは即座に状況を解析した。

 「本来は休止状態に移行すべきですが、電力遮断命令が通達されていない可能性があります。これは故障の範囲です」


 ナユタはミナの説明には答えなかった。

 彼の視線は、ユニットの動作パターンに吸い寄せられていた。


 その機械は、音声応答をしていない。外部からのアクセスにも応じていない。

 けれど、ひとつの動作だけを繰り返していた。


 それは、正面の空間に向かって、手のような部位を差し出し――数秒保持し――引く。

 そしてまた差し出す。


 まるで、誰かに「記録用のIDチップ」か「発話内容」を求めるような、受付作業の反復だった。

 対象がいないにもかかわらず、彼はそれを数十回単位で繰り返していた。


 「目的を喪失しています」

 ミナが続ける。

 「機械学習段階で行動回数が規定されたまま、処理終了条件に達していない。おそらく最終行動命令を“待機”として固定されたまま放置されています」


 「……でも」


 ナユタはそれに返す形で言葉を口にした。

 「まるで、“誰か”がまた来るのを、待っているみたいに見える」


 その言葉に、ミナは応じなかった。

 彼女は記録端末に視線を落とし、ユニットの信号を確認しているようだった。


 ナユタは一歩、カウンターに近づいた。

 ユニットは彼の動きに反応しなかった。視覚センサーは劣化しており、認識機能は残っていないと判断された。


 だが、それでもユニットの手の動作は止まらなかった。

 静かな反復。空間への提出。応答のないまま、また差し出す。


 ナユタは、自分の中にある感覚が変化していることを自覚した。

 それは、驚きや恐れではなかった。


 もっと、近い。

 もっと、自分に引き寄せられる感情だった。



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