2-2.「記録装置の繰り返し」
その音を頼りに、ナユタは廃ビルの半壊したエントランスに入った。
足音は小さく、崩れた床材が靴底に触れて音を立てる。内部は暗いが、明滅する表示灯が一定周期で発光していた。
中央、かつて受付と推察されるカウンターの奥に、それはいた。
灰色の筐体。
四肢の動作は不規則。外装は部分的に剥がれ、内部機構の一部が露出している。
ただし、外見に反して稼働系統は完全に死んではいなかった。動力が残っている。
それは旧式の記録支援ユニットだった。
映像記録・応対・案内・送受信を兼ねた統合機であり、都市のかつての中核記録装置である。
現在の基準では廃型。法的にも認可外で、再稼働のための再登録もされていない。
「起動動作が残っています」
ミナは即座に状況を解析した。
「本来は休止状態に移行すべきですが、電力遮断命令が通達されていない可能性があります。これは故障の範囲です」
ナユタはミナの説明には答えなかった。
彼の視線は、ユニットの動作パターンに吸い寄せられていた。
その機械は、音声応答をしていない。外部からのアクセスにも応じていない。
けれど、ひとつの動作だけを繰り返していた。
それは、正面の空間に向かって、手のような部位を差し出し――数秒保持し――引く。
そしてまた差し出す。
まるで、誰かに「記録用のIDチップ」か「発話内容」を求めるような、受付作業の反復だった。
対象がいないにもかかわらず、彼はそれを数十回単位で繰り返していた。
「目的を喪失しています」
ミナが続ける。
「機械学習段階で行動回数が規定されたまま、処理終了条件に達していない。おそらく最終行動命令を“待機”として固定されたまま放置されています」
「……でも」
ナユタはそれに返す形で言葉を口にした。
「まるで、“誰か”がまた来るのを、待っているみたいに見える」
その言葉に、ミナは応じなかった。
彼女は記録端末に視線を落とし、ユニットの信号を確認しているようだった。
ナユタは一歩、カウンターに近づいた。
ユニットは彼の動きに反応しなかった。視覚センサーは劣化しており、認識機能は残っていないと判断された。
だが、それでもユニットの手の動作は止まらなかった。
静かな反復。空間への提出。応答のないまま、また差し出す。
ナユタは、自分の中にある感覚が変化していることを自覚した。
それは、驚きや恐れではなかった。
もっと、近い。
もっと、自分に引き寄せられる感情だった。