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ヒトナキ街で、きみは微笑んだ  作者: 4MB!T
3章「渡す、託す」
54/72

14-2.「わたしたちは、どこまで残れるのか」

 ナユタは、記録片を手の中で握りしめたまま、動かなかった。

 その小さな装置は、何の発光もしない。ただ、物として在るだけだった。

 けれど彼にとっては、それが自分の言葉や記憶や関係すべての象徴に見えた。


「ミナ」


「はい」


「……ぼくらがこれ、預けたあと……もう誰にも見られなかったら、どうなるんだろう」


「その場合、記録は“在る”ことを維持したまま、再生されることはありません。

 ですが、削除されることもありません」


「でも……“誰にも見られないまま”って、

 それって“いなかったのと同じ”なんじゃない?」




 その問いは、深く、静かだった。

 ナユタの声に責める色はなかった。

 ただ、存在の重さが消えていくことへの、切実な怖さが滲んでいた。


「ぼくたち、いたことになるのかな。

 誰にも届かなくても、意味って、あるのかな」




 ミナは、正確な計算による応答を一度中断した。

 そして、自身の中に存在する唯一の“不確定性”――ナユタとの関係を基点にした構文を呼び出す。




「ナユタ。

 あなたは、誰かに“何かを伝えたくて”この旅を続けてきました」


「うん」


「それが届かなかったとしても――あなたが“伝えようとしたこと”は、

 “伝えたい誰か”を信じていたという行為として、確かに記録されます」




 ナユタは顔をあげた。


「“伝わったかどうか”じゃなくて、“伝えたかった”って気持ちが、残るの?」


「はい。

 それは“意味の実体”ではありませんが、意味を生もうとした意思そのものです。

 そして、記録とは本来、“誰かに見つけてもらえると信じた痕跡”のことなのです」




 ナユタは、手の中の装置をそっと見つめた。


「じゃあ、ぼくたちがここに預けるってことは……

 “いつか見つかる”って信じるだけじゃなくて、

 “見つからなくても、それでいい”って思うことなのかな」


 ミナは応じた。


「そうです。

 見つけてほしいという願いと、見つからなくても意味があるという承認は、両立します」




 ナユタは、小さく笑った。


「……うん、それって、ちょっと救われる気がする」


 彼の声は、空間に吸い込まれるように響いた。

 この区画には録音装置も、モニタもない。

 それでも、その声が“いた”という証拠だけは、ミナの中に確かに留まっていた。



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