2-1.「都市の縁、その境界」
風の音が、予測よりも遅れて届いた。
建物の外縁に立ったとき、ナユタはそれに気づいた。
遮蔽物がない。にもかかわらず、音の反射が妙に弱い。
廃棄された都市構造は、音を返すのではなく、吸収しているようにさえ感じられた。
「現在地:第9外周走査区。都市管理上の分類では“補完境界帯”と呼ばれています」
ミナの解説は簡潔だった。
「主要な建築物は35年前に無人化。以後、保守対象から除外され、更新ログはありません」
ナユタは、ミナの背後にある構造物に目を向けた。
背丈の二倍ほどの高さを持つ壁面には、意味をなさない記号や擦れた掲示が並び、かつてここに**指示を待つ“誰か”**がいた気配だけが残っていた。
舗装は剥がれ、歩行者誘導灯は半分以上が倒れている。
電力系統は死んでおり、ただ配線だけが空に向かって無意味に張り出していた。
「音が少ない」
ナユタは口に出して言った。彼の声は短く、しかし明瞭だった。
「その認識は正確です」
ミナは応じる。
「この区画は、交通・運送・生活系ユニットの全稼働が停止したまま、再起動もなされていません。したがって、定常的な機械稼働音が発生していません」
だが、それはナユタが感じている“静けさ”と一致しなかった。
“音がない”のではない。“音が止まっている”ように思えた。
違いは微細だ。けれど確実に、彼はそう感じていた。
記録されていない“何か”が、かつてここで動いていた。
そして、その音の痕跡だけが、風に残っている。
ナユタは立ち止まり、地面に指先を触れた。
コンクリートの表面には、薄く黒ずんだ線が走っていた。規則性のないそれは、無数の足跡――あるいは、タイヤ跡の劣化痕のようにも見えた。
「ここには、以前……」
言いかけたナユタの声を、どこか遠くで鳴った“電子音”が遮った。
ピ、カ……チッ。
不規則で断片的なその音が、廃墟の奥から届いた。
ナユタは反応した。
思考よりも先に、身体がそちらを向いていた。