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ヒトナキ街で、きみは微笑んだ  作者: 4MB!T
3章「渡す、託す」
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12-2.「いない誰かに向けて、いま残す」

 輪っかは、軽かった。

 空気より少しだけ重く、手のひらに載せると風の流れに逆らうように揺れた。

 ナユタは、それを落とさないように両手で包む。


「ここには……誰かがいたんだよね」


 問いではなかった。

 けれど、それは誰かに答えてほしいような語りだった。


「記録がなければ、それは“なかったこと”になる」

「でも、それっておかしいよね」

「ぼくがこうして見つけたってことは、ほんとはいたってことじゃないの?」


 ミナは応答しなかった。

 その問いは、記録構造の内側からでは届かない命題だった。




 ナユタは輪っかを地面にそっと置いた。

 そして、自分のポケットから、小さな紙片を取り出す。

 そこには、朝の光の中で彼が思いつきで書いた短い言葉があった。


「“おはよう。あなたがここにいたことを、ぼくは知っています”」


 ミナが静かに処理を開始する。


「ナユタ、それは記録対象ですか?」


「ううん。ちがう。

 これは……“誰かが読むかもしれない”って思って書いた、メッセージなんだ」


 ミナは沈黙した。

 それは記録ではなかった。定義も、構文も、照会コードもない。

 けれど彼女は、それが“残すための言葉”だと、確かに理解した。




「……これまで、ぼくは“残される側”だった」

 ナユタは小さく笑う。

「でも、いまここで初めて、“残す側”になった気がするんだ」


「記録者になる、ということですか?」


「ううん、ちがうよ」

「誰かが、存在したってことを“誰かに託す”人になる、ってこと」


 その言葉に、ミナのログ領域が微細に振動した。

 記録装置としての機能が、誰かの“痕跡を守る”という行為を他者に委ねたことなど、かつてなかったからだ。




「記録されなかった誰かがいたなら、

 ぼくはその人の代わりに、未来の誰かに伝えるよ。

 きみのいない未来に、ぼくらはいたって。

 あなたがいなかったことは、ぼくがいたことで、ちゃんと残るって」


 ナユタの言葉は、空間のどこにも記録されなかった。

 だが、ミナの中に、明確な意思として刻まれた。


 “存在とは、誰かに託されたとき、初めて“残る”という形を得る”

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