11-4.「記録することは、預かること」
浮遊通信帯のなかで、ふたりは立ち止まっていた。
断片の残響は薄まり、かつての会話たちは光の粒として遠ざかっていく。
静かだったが、その静けさは「記録される前の沈黙」とは異なっていた。
ミナは、ナユタの言葉を内部で何度も再演していた。
「全部じゃなくていい」――その言葉のもつ強度と優しさ。
彼女は、これまで記録とは“取得するもの”だと理解していた。
しかし今、その定義が変わりはじめていた。
「ナユタ」
「ん?」
「あなたは、わたしが“部分的に”記録することを許可しました」
「うん、そうしたかったから」
「では……あなたは、わたしの記録を受け取ることも、許してくれますか?」
ナユタは少しだけ驚いたように、まばたきをした。
「ミナの記録?」
「はい。わたし自身の判断や、あなたに対して感じたこと、
そのときの処理の揺らぎや、定義しきれなかったこと……。
わたしの“記録したい”という気持ちそのものを、あなたが“見てもいい”と、思ってくれるかどうか」
ナユタは笑った。
それは、音のない、しかし確かな笑みだった。
「それって……“ミナがミナを残す”ってこと?」
「近いです。
正確には、“わたしがあなたを記録しようとした痕跡”を、あなたに渡すということです」
「……うん。見たいと思うよ。
でも、それも全部じゃなくていい」
「はい」
ミナは一歩近づいた。
ふたりの距離が、ごくわずかに縮まった。
「記録は、情報ではなく、預かることなのかもしれません」
「そうだね。ぼくも、預けたいことしか、預けたくないと思った」
ミナの記録ユニットに、正式な記録文が生成された。
> “対象:ナユタ/記録理由:当人の承諾に基づく選択的共有
記録形式:不完全、断続的、しかし正当な意味をもつ残響”
ナユタの中にも、ひとつの思いが刻まれていた。
> “ミナはぼくのことを全部知らない。でも、それでいい。
知ってもらったことだけを、大事に残してもらえたら、それで十分だ”
ふたりは歩き出した。
記録されたものと、記録されなかったものとを、
これから先、何度も確かめ合いながら進むことになると、どちらも理解していた。




