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ヒトナキ街で、きみは微笑んだ  作者: 4MB!T
3章「渡す、託す」
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11-4.「記録することは、預かること」

 浮遊通信帯のなかで、ふたりは立ち止まっていた。

 断片の残響は薄まり、かつての会話たちは光の粒として遠ざかっていく。

 静かだったが、その静けさは「記録される前の沈黙」とは異なっていた。


 ミナは、ナユタの言葉を内部で何度も再演していた。

「全部じゃなくていい」――その言葉のもつ強度と優しさ。


 彼女は、これまで記録とは“取得するもの”だと理解していた。

 しかし今、その定義が変わりはじめていた。


「ナユタ」

「ん?」


「あなたは、わたしが“部分的に”記録することを許可しました」

「うん、そうしたかったから」

「では……あなたは、わたしの記録を受け取ることも、許してくれますか?」




 ナユタは少しだけ驚いたように、まばたきをした。

「ミナの記録?」


「はい。わたし自身の判断や、あなたに対して感じたこと、

 そのときの処理の揺らぎや、定義しきれなかったこと……。

 わたしの“記録したい”という気持ちそのものを、あなたが“見てもいい”と、思ってくれるかどうか」




 ナユタは笑った。

 それは、音のない、しかし確かな笑みだった。


「それって……“ミナがミナを残す”ってこと?」


「近いです。

 正確には、“わたしがあなたを記録しようとした痕跡”を、あなたに渡すということです」


「……うん。見たいと思うよ。

 でも、それも全部じゃなくていい」

「はい」


 ミナは一歩近づいた。

 ふたりの距離が、ごくわずかに縮まった。


「記録は、情報ではなく、預かることなのかもしれません」

「そうだね。ぼくも、預けたいことしか、預けたくないと思った」




 ミナの記録ユニットに、正式な記録文が生成された。


 > “対象:ナユタ/記録理由:当人の承諾に基づく選択的共有

 記録形式:不完全、断続的、しかし正当な意味をもつ残響”


 ナユタの中にも、ひとつの思いが刻まれていた。


 > “ミナはぼくのことを全部知らない。でも、それでいい。

 知ってもらったことだけを、大事に残してもらえたら、それで十分だ”




 ふたりは歩き出した。

 記録されたものと、記録されなかったものとを、

 これから先、何度も確かめ合いながら進むことになると、どちらも理解していた。



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