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ヒトナキ街で、きみは微笑んだ  作者: 4MB!T
2章「残すということ」
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10-3.「記録しなかった理由」

 ナユタは、空間の中央にしゃがみ込んだ。

 そこには何もなかった。

 けれど、彼の目は“過去があった空間”として、そこを見つめていた。


「……ねえ、ミナ」

 彼の声は低く、問いかけというより独り言に近かった。

「ぼくたちって、“あったこと”を忘れないために記録してるんだよね?」


「はい。記録は、出来事の継承と検証を目的とします。

 保存は再現可能性を担保し、事実の保全を保証します」


 ミナの応答は、いつものように正確だった。

 だが、その言葉に対して、ナユタはゆっくりと首を横に振った。


「でも、それだけじゃ、きっと“意味”は守れないんだと思う」


 ミナは反応しない。

 ナユタは言葉を継いだ。


「だってさ。ここ、たぶん、“記録しなかったから守られた”場所なんだと思う」


 彼の指が床をなぞる。

 その動作は記録されない。

 けれど、彼にとってそれは**“触れたことの実感”**だった。


「たとえば……最後の会話とか、最期の願いとか。

 誰かの死に際の言葉ってさ、それを“残す”ことで、かえって誰にも届かなくなることがあるんじゃないかな」


 ミナは静かに処理を行いながら、その言葉の意味を受け取ろうとしていた。

 彼が語っているのは、**“記録されなかったものにこそ、壊れずに残る意味がある”**という命題だった。


「もしかして……ここにいた誰かは、“記録されると壊れるもの”を抱えてたのかもしれない。

 だから、残さなかった。誰にも渡さなかった。

 でも、ほんとは、“それでよかった”ってことなんじゃないかな」


 ミナの記録構文が、静かに揺れた。

 従来の「保存=価値の保全」という原則に、亀裂のような微細な異常が走る。


 それは否定ではない。

 ただ、“記録しないという判断”が肯定される条件が存在するという認識の萌芽だった。


「ミナ。ぼくね、いまここで、なにも見てないんだよ。

 でも、すごくちゃんと、何かが“終わった”ってわかる気がする」


 ミナは黙ってそれを聞いた。

 彼の感覚を記録することはできなかった。

 けれど、それを“意味の成立”として受け入れることなら――できる気がした。



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