8-4.「記録が知らないという構造」
ミナは記録ユニットの前に立ち、再びアクセスを試みた。
返ってきた応答は変わらなかった。
>「第99218群体:平均反応速度1.4秒、内部通信ノード4、解散時刻19:46:08、記録完了」
“解散”。
“記録完了”。
だがそのどこにも、“なぜ”や“どうだった”は含まれていなかった。
それは、誰かの一生を数値に変換し、再構成不能なまま保存する手続きだった。
ミナは、静かに口を開いた。
「ナユタ。……記録は、知らないために使われることがあります」
ナユタがわずかに目を見開いた。
「どういう意味?」
「すべてを記録していることで、“それ以上は知らなくていい”という構造が成立します。
データがあるという事実が、あらためて問い直す必要を排除してしまうのです」
ナユタは、その言葉をゆっくりと咀嚼した。
「“残ってる”から、“分かってる”ことになってた、ってことか……」
「はい。
けれど、“分かる”という行為は、保存とは異なる構造です。
それは、おそらく、“だれかが、だれかに問いかけること”に近い」
ミナの端末が、静かに新たな記録構文を生成した。
【知識補助構造:意味は記録ではなく、関係によって生じる】
そのタグは、彼女の記録系にとって、従来存在しなかった分類だった。
ナユタは微笑んだ。
「じゃあ、ぼくが訊いたことって、意味があったんだね」
「はい。意味が“生まれた”ことを、いま確認しました」
ふたりは並んで、記録ユニットの前を離れた。
背後では、今も事実だけを繰り返す無数のログが、光の波として流れ続けていた。
けれど、その中にはもう、「知らなかったことを知る」ための余白が刻まれていた。




