8-2.「意味のない事実たち」
管制室の空気は、外気よりもわずかに冷たかった。
中心の記録ユニット――高さ二メートルほどの複合端末が、周期的に光を放っている。
その表面には“対話インターフェース”と記された黒いパネルがあった。
ナユタがそっと前に出る。
ミナが横に並び、補助端末から接続を試みる。
「起動モジュール、接触応答あり。記録AI:F09。
現在、対話要求に対応可能な状態です」
ナユタは小さく息を吸い、AIに向かって問いかけた。
「……こんにちは。ぼくたちのこと、見えてますか?」
一拍の間のあと、ユニットが反応した。
>「記録開始:対象2体、座標X33.828/Y12.552。起動時刻:現在時刻04:31:22」
音声は無機質だった。
抑揚はなく、読み上げられたのは**“今起きたこと”だけ**だった。
ナユタは続けた。
「ここで、昔どんなことがあったか知ってる? 誰が何をして、どう過ごしてたのか」
ユニットが応答する。
>「記録照会:対象不定。
例:第13882群体:構成員21名/平均年齢32.6歳/発話回数一日平均33.4回/所在時間:6:02〜21:13/終了理由:登録削除」
「……意味が、分からない……」
ナユタは目を伏せた。
そこに語られているのは、誰かのことのようで、誰でもないような数値だった。
「個人名とか、何を話したとか、そういうのは……?」
>「情報過多による限定応答。
指定なし照会に対し、圧縮統計を優先出力中。
文脈抽出不可。記録は網羅的に保持されています」
ミナが低く告げる。
「……このAIは、“全体”しか返せない。
それぞれの“意味”や“意図”を問う設計がなされていない構造です」
ナユタは、言葉をなくしていた。
記録はあった。
すべてが、そこに残っていた。
なのに――“誰もいなかった”。
それは、人のいる場所に、人の姿だけがないという、ひどく静かな異常だった。




