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ヒトナキ街で、きみは微笑んだ  作者: 4MB!T
2章「残すということ」
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8-1.「記録のなかで動けないもの」

 都市中層、中央行政帯・旧第3棟。

 そのビルは外装のガラスが剥がれ、骨組みがむき出しになっていた。

 しかし内部には、崩壊に似つかわしくない静謐さがあった。


 床は清掃されたように滑らかで、照明は断続的に点滅していたが、全館に電源が残っていた。

 壁の案内板には、過去の会議予定や行政通達の一覧がそのまま焼き付くように貼られていた。


「……こっちは、全然廃れてないね」

 ナユタが呟く。


「ここは中央市民管理局の記録集積棟でした」

 ミナが淡々と応じる。

「中でも第3記録分署は、都市構造体内部の移動・通信・発言・視線・物理接触・環境変化までを対象に、連続記録処理を実施していました」


 ナユタは足を止めた。

「全部、記録してたの……?」


「はい。対象期間は96年。保存容量は現在、96ゼタバイト(ZB)に到達しています」


 ナユタは眉をひそめた。

 その数値がどれだけ巨大か、彼自身が直感的に理解できるわけではなかった。

 だが、“都市ひとつのすべて”が残されているというその響きは、異様な静けさを帯びていた。


「記録があれば、何があったか分かるんだよね?」


 ミナは一拍置いてから、答えた。


「……記録があれば、“何があった”は保存できます。

 しかし、“それがどうだったか”は、別の問題です」


 ナユタは無言で頷いた。

 ふたりはビル奥の中央管制区画へと向かう。

 ガラス越しに見えた中枢ユニットには、未だにアクセスログが点滅していた。


「動いてる……」


 ナユタはその光を見つめた。

 それはまるで、**誰にも見られずに、ずっと言葉を待ち続けていた“記録だけの存在”**のようだった。

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