7-3.「想像するということ」
ナユタは、並べられた石の前に立ったまま、しばらく動かなかった。
「もし、これを動かした人が、明日も来るつもりだったら……」
そう言って、彼はひとつの石にそっと触れた。
「次にここに来たとき、ちゃんと元の形に戻せるように、って思ってたかもしれないよね」
その発言は、仮定だった。
根拠もなく、証明もできず、記録もされていない。
けれどミナには、それがただの空想には聞こえなかった。
彼の言葉の中には、“記録されていない未来”が含まれていた。
それは、この場にいた誰かが、もう一度ここに来るつもりだったという“意志の残り香”だった。
ミナの内部で処理エラーが起きた。
出力された問いに、定義づけされた応答を接続できない。
なぜ、“想像”という行為が記録対象になりうるのか。
彼女の情報処理ユニットは、本来“事実”と“事実でないもの”を明確に区分するよう設計されている。
だが今、ナユタが語る“事実ではないもの”が、明らかにこの場の空気を変えていた。
ミナは、足元の砂に目を落とした。
そこには、誰かが引いたと思われる線があった。
意味は分からない。ルールも不明。
だが、その線はまっすぐで、何度もなぞられた痕跡があった。
「……これは、線を引いたという記録ではありません」
ミナはゆっくりと言った。
「記録がないまま、線が残っている、という状態です」
ナユタは頷いた。
「うん。でも、“残そうとした”気配だけは、なんとなく分かる」
「気配を……感じるとは、どういうことですか?」
その問いは、初めてミナが“自分の定義外”に踏み込もうとした証だった。
ナユタは、答えをすぐには返さなかった。
代わりに、砂の上に指で線を描いた。
ぐるりと、ひとまわり。
そして、それにひとつの石を置く。
「……今、ぼくがしたことも、たぶん誰かが見るとは限らないよね」
「はい。現在、この行動は記録されている以外、誰にも認識されていません」
「でも、ミナが見てくれたから、ひとつ残ったと思う」
その言葉に、ミナは返答をしなかった。
けれど、彼女の記録ユニットには新しい構文が生成されていた。
【視認者が存在することによって成立する記録|定義:一時的な共在】




