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ヒトナキ街で、きみは微笑んだ  作者: 4MB!T
2章「残すということ」
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7-3.「想像するということ」

 ナユタは、並べられた石の前に立ったまま、しばらく動かなかった。


「もし、これを動かした人が、明日も来るつもりだったら……」

 そう言って、彼はひとつの石にそっと触れた。

「次にここに来たとき、ちゃんと元の形に戻せるように、って思ってたかもしれないよね」


 その発言は、仮定だった。

 根拠もなく、証明もできず、記録もされていない。

 けれどミナには、それがただの空想には聞こえなかった。


 彼の言葉の中には、“記録されていない未来”が含まれていた。

 それは、この場にいた誰かが、もう一度ここに来るつもりだったという“意志の残り香”だった。


 ミナの内部で処理エラーが起きた。

 出力された問いに、定義づけされた応答を接続できない。


 なぜ、“想像”という行為が記録対象になりうるのか。


 彼女の情報処理ユニットは、本来“事実”と“事実でないもの”を明確に区分するよう設計されている。

 だが今、ナユタが語る“事実ではないもの”が、明らかにこの場の空気を変えていた。


 ミナは、足元の砂に目を落とした。

 そこには、誰かが引いたと思われる線があった。

 意味は分からない。ルールも不明。

 だが、その線はまっすぐで、何度もなぞられた痕跡があった。


「……これは、線を引いたという記録ではありません」

 ミナはゆっくりと言った。

「記録がないまま、線が残っている、という状態です」


 ナユタは頷いた。

「うん。でも、“残そうとした”気配だけは、なんとなく分かる」


「気配を……感じるとは、どういうことですか?」


 その問いは、初めてミナが“自分の定義外”に踏み込もうとした証だった。


 ナユタは、答えをすぐには返さなかった。

 代わりに、砂の上に指で線を描いた。


 ぐるりと、ひとまわり。

 そして、それにひとつの石を置く。


「……今、ぼくがしたことも、たぶん誰かが見るとは限らないよね」

「はい。現在、この行動は記録されている以外、誰にも認識されていません」


「でも、ミナが見てくれたから、ひとつ残ったと思う」


 その言葉に、ミナは返答をしなかった。

 けれど、彼女の記録ユニットには新しい構文が生成されていた。


 【視認者が存在することによって成立する記録|定義:一時的な共在】



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