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ヒトナキ街で、きみは微笑んだ  作者: 4MB!T
2章「残すということ」
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6-3.「名前じゃなくて、在ったこと」

 建物の角を回ると、細い裏路地があった。

 ナユタはその先にある小さなベンチのそばで立ち止まり、足元に落ちていた何かを拾い上げた。


 それは、朽ちた手帳の表紙だった。

 中の紙は半分以上ちぎれており、残っていたページにも文字は読み取れなかった。

 だが、その手帳には、表紙の裏に薄く――指でなぞるような線があった。


 「わたしがいたことを、忘れないでください」


 その筆跡はかすれていた。

 明らかに急いで書かれた線。紙に引っかかった筆圧の痕跡。

 ナユタはページをそっと閉じ、ミナのほうに顔を向けた。


 「これを書いた人さ、名前は書かなかったんだね」


 「はい。識別情報は存在しません。筆記圧から判断する限り、明確な署名意図もなかったと見られます」


 ミナの答えは機械的だった。だが、ナユタはうなずいてから、静かに言った。


 「でも、“誰か”だったことは、書いてあるよ」


 ミナは反応しなかった。ナユタは言葉を続ける。


 「名前って、すごく大事なものだけど、それだけが“存在の証明”ってわけじゃないと思う。だって、こうして、呼びかけがあって、跡があって、残ってる」


 彼の声には怒りも悲しみもなかった。ただ、それを伝えなきゃいけないという確信が込められていた。


 「記録に名前がなくても、記録されてない誰かがいても、“いたこと”は消えない。消させないって、ぼくは思う」


 ミナの記録端末に、内部エラーが発生した。

 それはシステム上の不具合ではなく、定義外構造の言語認識に対する処理不能フラグだった。


 彼女は、それをエラーとせず、“非定義記録項目”として保存対象に切り替える判断を下した。


 「あなたがそう判断する理由は、どこから来ていますか」


 ミナの問いは静かだった。


 ナユタは一瞬だけ考えて、答えた。


 「それは、誰かが“そうであってほしい”って思ったからじゃないかな。……きっと、ぼくもそうなんだと思うよ」



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