6-1.「無記録帯の入り口」
都市構造第0列区。
公式には、存在しない区画だった。
廃線となったモノレールのガイドレール沿いを進むと、途切れた橋の向こうにそれは現れた。
建物の形は、他の居住区と変わらなかった。高さも、構造も、配置も。
けれど、どの建物にも番号がなかった。
案内表示も、住居識別も、センサー反応もなかった。
ただそこに、構造物だけが残されていた。
「この区画には、住民記録が存在しません」
ミナが言った。
「数値上は“未開発地”として分類されていますが、航空写真記録との照合では、建築群の存在が確認されています」
ナユタは、目の前の建物を見上げた。
鉄骨が錆び、外壁の塗装は剥がれ、窓ガラスの多くは割れていた。
それでも、廃墟とは違う印象があった。
「……誰かが、住んでた感じがする」
それは感情ではなかった。
空間の“使われた痕跡”が、建物の外側にかすかに残っていた。
通路の中央がわずかに擦り減り、出入り口の前には足跡にも似た形状の凹みがあった。
「居住痕は認識可能です」
ミナは記録装置を起動しながら答えた。
「ただし、ID・通信・記名ログのいずれも一致項目は検出されていません」
「記録されなかったってこと?」
ナユタは振り返る。
「それとも、消されたの?」
ミナはすぐには答えなかった。
沈黙が数秒流れ、やがてひとこと。
「判断不可能です」
その言い回しには、否定も肯定もなかった。
ナユタは、表示板のないポストの前で立ち止まった。
その傍に、紙のようなものが風に揺れていた。
破れかけていたが、何かが“書かれていた”ことだけは読み取れた。
彼はそっと、それに手を伸ばした。




