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ヒトナキ街で、きみは微笑んだ  作者: 4MB!T
1章「記録と名のない少年」
19/72

5-3.「痛みのない生」

 

 処置室の空気は、止まっていた。

 照明は断続的に点滅し、壁際の機器がわずかに熱を帯びていた。

 だが、音はなかった。


 ――処置音を除けば。


 縫い針の通る音。器具が糸を引き絞る摩擦音。

 それらは極めて静かで、むしろ**“音というより動作の痕跡”**に近かった。


 ナユタはしばらく、その音を聴いていた。

 自分の鼓動よりも静かで、耳を澄まさなければ聞き取れないほどの連続性。


 ユニットは今も自分の身体を縫合していた。

 皮膚の裂け目は既に幾層にも縫い込まれており、傷口は意味を失っている。

 処置の目的は明示されていない。ただ、負傷信号が解除されていないだけだ。


「これってさ……」


 ナユタはようやく声を出した。

「痛みがないから、やめられないってことなんだよね」


 ミナは頷いた。

「その推論は成立します。現在の出力状態において、痛覚信号の再入力は確認されていません。苦痛の不在は、自己中断判断を妨げる要因となります」


「でもさ」

 ナユタは小さく息を吐いた。

「それって、“生きてる”って言えるのかな」


 その言葉は、宙に浮いたまま、答えを持たなかった。

 ユニットは反応しない。ミナも、すぐには応えなかった。


「生きてるって、“痛い”ってことなのかも、って思った」

 ナユタの声は、以前より少しだけ深かった。

「だって、痛いから、そこに何かがあるって、気づけるじゃん。何かが変わったって、わかるじゃん」


 ミナの端末が、わずかに応答遅延を記録した。

 “痛み”という語を、彼女は外部構造としてしか認識していない。

 それは観測可能な神経信号の集合であり、定量化できるものだ。


 だが、ナユタが語る“痛み”は、記録に残る情報ではなかった。


 彼が言うのは、数値ではなく――揺れるものとしての存在感だった。


「この子がやってることってさ、ちゃんと“治してる”のかもしれない。でも……」


 ナユタはそっと、AIの手元から視線を外した。


「“治ってる”ようには、見えないよ」

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