5-2.「自己処置の反復」
処置室の扉は自動では開かなかった。
ナユタが手で押すと、扉はわずかに軋んでずれ、内部の光がこぼれた。
中は狭い。
応急処置を行うための設備が最小限に並び、壁際にはロッカーと廃棄されたパックが積まれていた。
その中央、かつて診察台があったであろう位置に、ひとつの機械がしゃがみこんでいた。
それは、医療支援ユニットだった。
半人型。左右非対称の腕部構造、腹部に小型の処置ユニットを収納しているタイプ。
かつて野戦病院や非常時の仮設診療所で運用された旧型AI群に属していた。
ミナが短く呟いた。
「……D3系統、後期型。耐久処置特化機です。戦時対応設計」
だが、そのユニットの周囲に、処置対象となる人間の姿はなかった。
どこにも、診療を求める声も、差し出される手もない。
ユニットは、ひとりで動いていた。
右脚部の合成皮膚に切り傷があり、ユニットは左手の処置器具で自らの脚を縫合していた。
器具の先端から細い糸が伸び、穴を通し、結ばれ、また戻る。
動きは正確だった。だが、その部位には既に何度も処置が行われた痕跡があった。
縫い跡の上に、さらに縫い跡。
それが何層にも重なり、どこが最初の損傷だったのか、もはや識別できないほどだった。
ナユタは、言葉を発しなかった。
ただ、その様子を黙って見ていた。
ユニットは応答しない。ナユタたちの存在に反応する気配もなかった。
それでも手は動き続けていた。
機械油の混じった音と、糸を引きしぼる微かな擦過音だけが、室内に流れていた。
「……これは、応急処置動作の自動再帰です」
ミナが低く言った。
「負傷信号が解除されず、自己補修命令がループしています。痛覚モジュールは稼働していません」
ナユタは、ユニットの手元を見た。
その動作は、痛みを伴っていない。
だからこそ、止まらないのだ。
「痛くないって、こういうことなんだ……」
その言葉は、誰に向けたものでもなかった。
だがその瞬間、ナユタの内部で、何かが“違うもの”として切り分けられた。
これは、生きているのだろうか――
それとも、“生き続けているように振る舞っている”だけなのだろうか。




