5-1.「無人の診療所」
都市第5医療帯。
ナユタとミナは、かつて一次救護の拠点とされていた廃施設に足を踏み入れていた。
ガラス張りのエントランスは割れ、通路には乱れた担架と点滴スタンドが散乱していた。
壁には標語が残っている。
『安心と回復を、すべての市民に』
標語の下には、誰かの手で赤線が引かれていた。
その痕跡はスプレーでもなく、血液でもなかった。
乾いた何かで書かれた、かすれた色のまま残っていた。
「医療帯記録、最終更新は21年前。以後、封鎖処理」
ミナは端末に目を落としながら言った。
「この区画にアクセス記録はありません。登録上は“無施錠休止帯”です」
ナユタはゆっくりと施設内を歩いた。
診察室は空だった。
医療用のベッドには誰も寝ておらず、機器の多くは起動しないまま朽ちていた。
だが、ふと、通路の奥から音が聞こえた。
カリ、キィ……カチャ。
一定の間隔で繰り返される、金属の引っかきと器具の動作音。
ナユタはそちらに顔を向けた。
音は、処置室の扉の向こうから聞こえていた。
その扉はわずかに開いており、内側で照明が点滅している。
「誰か……いる?」
ナユタの声は、ごく小さかった。
けれど、その音に合わせて、扉の隙間からさらに一度、器具の音が返ってきた。




