4-2.「動作の痕跡、理由の不在」
通りを曲がった先、崩れかけた集合住宅の吹き抜けホールに、ひとつの作業音が断続的に響いていた。
シュ……ガシ、ガシ、シュ……
擦れる音。掬うような音。短く制御されたモーターの律動。
ナユタはその音に引かれるようにして、建物の中へと歩みを進めた。
床には瓦礫が散らばっていたが、中央の一角だけが妙に整っていた。
その空間の真ん中に、ひとつのユニットがいた。
円筒状の本体に、下部の回転脚、片腕状のアームを備えた機械。
構造的には生活区画で使われていた支援型の旧式ユニットに分類される。
ミナの記録によれば、十数年前に廃型とされていた分類だった。
ユニットは、規則のようなものをなぞる動きを続けていた。
前後に移動し、手のようなアームを伸ばして何かを掬い、また同じ軌道に戻る。その繰り返し。
床には目立った汚れがあるわけではない。
掬われたものが減っているかどうかも、ナユタにはわからなかった。
だが、ユニットの動きには、どこか“かつての目的”をなぞっているような感触があった。
まるで何かの痕跡を、丁寧に辿っているかのようだった。
「……これ、掃除なのかな」
ナユタは、ぽつりと呟いた。
誰に問いかけたわけでもなかったが、その言葉が、音として空間に残った。
「制御系は崩れていません」
ミナが、傍らで応答した。
「ただし、目的変数が破損しています。清掃対象の定義が失われた状態で、旧い行動パターンだけが繰り返されています」
ナユタは、ユニットの動作を再び見つめた。
意味があるようで、ないようで。
ただ動いているだけのようでもあり、どこかで“誰か”の指定に従っているようにも見えた。
「……なんで掃除してるの?」
彼が問いかけると、ユニットはわずかにアームの速度を落とした。
けれど返答はなかった。音声応答機能は失われているか、無効化されている。
それでも、動きは止まらなかった。
ナユタは足元に目を落とす。
そこには、かすかな線が何重にも重なっていた。
機械の進行によって踏みならされた跡。
繰り返された動きが、知らず知らずのうちに軌道を描いていた。
その軌道には、乱れがなかった。
つまり、それは偶然ではない。忘れられた“手順”か“習慣”の反復だった。
「……前に、誰かが住んでた場所なんだね」
彼の声は、ごく自然な語調だった。
確証があったわけではない。けれど、その動きが記憶のなごりのように見えたのだ。
「忘れてるだけで、きっと、誰かの決めた動きがここに残ってる」
ミナは何も言わなかった。
ただ、ナユタのその発言に対して、“意味生成行為”という観察タグを静かに付与した。




