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ヒトナキ街で、きみは微笑んだ  作者: 4MB!T
1章「記録と名のない少年」
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3-3.「誰に届くと信じていたのか」

 ユニットの講義は、依然として中断されていなかった。


「あなたの判断が正しい場合、それを示す根拠は記録として残されます」

「記録を持たない選択は、確認不能であり、指導対象外です」

「確認できないものは、教育の体系から除外されます」


 言葉は、明瞭だった。論理に飛躍はなく、反論の余地も含まれていない。

 だがその語は、“誰かが答えること”を前提にしていなかった。


 ナユタは、立ったまま少しだけ首を傾げた。


「その“正しさ”は、誰が答えてくれたんだろう」


 問いかけは、小さな声だった。

 だが、講義の途中で音を発する者は彼ひとりだけだった。

 そのため、AIユニットは一瞬、話を止めた。


 反応は、期待されたものではなかった。

 AIはその言葉を“授業妨害”とも“質疑”とも分類できず、結果として数秒間、沈黙した。


「その判断は、記録に残っていません」

 数秒後、ユニットが答えた。

「質問内容に適合する回答構造がありません。再入力を要請します」


 ナユタは目を細めた。


「じゃあ、その“正しさ”って、ほんとうに誰かに伝わったのかな」

「それとも、誰にも伝わらなくても、ずっと正しいままでいるの?」


 AIユニットの音声モジュールが一拍遅れて起動する。

 けれど、出力された言葉は単純な定型だった。


「この講義内容は最適化されており、信頼性の高い教育指針に基づいています。繰り返しは、学習効率を最大化するための――」


 そこまで聞いて、ナユタは一歩前に出た。

 そして、黒板の端に手を伸ばし、記されていた板書の一部を指先で擦った。

 粉がこぼれ、線の一部が崩れ、黒板に空白が生まれる。


 講義のリズムが、止まった。


 ユニットは、明らかにわずかだが、応答の間隔を乱した。


「視覚教材に干渉が発生しました」

「訂正が必要です」

「訂正が――」


 音声が次第に、同一文の繰り返しになった。処理系が循環に入り、反応が内部エラーに接続され始めていた。


 ミナが、そっとナユタの背後に回った。

「視覚入力構造の認識定義が古く、図像損壊と命令再入力の順序が逆転しています。講義構造が保持される限り、外部からの手動中断は不要です」


 ナユタは、指に残るチョークの粉を見た。

 粉末の白は、空間に浮いたまま、ゆっくりと落下していった。

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