3-2.「誤りなき断絶」
教育支援ユニットは、話し続けていた。
「正しさを維持するためには、条件を明示しなければなりません」
「条件が不明な判断は不適切です。不適切な判断は排除されるべきです」
「目的は常に、最適化と整合です。記録がそれを証明します」
語りは抑揚に欠けるわけではなかった。音声出力の階調はむしろ丁寧で、発声スピードも教育用に調整されていた。
だが、言葉が“どこか”に向かっている感触はなかった。
それは空間の中で閉じた音響にすぎなかった。
ナユタは、教室の中をゆっくりと歩いた。
机には埃がたまり、椅子には誰も座っていない。板書は整然としていたが、そこに“書かれる理由”が感じられなかった。
ユニットは振り向かない。彼の存在に反応しない。
「講義は進行中です」
ミナが情報を補足するように言った。
「出席確認信号は常にON。受信者の応答を受け取る設定ではなく、“存在”だけが検出基準とされています。視覚認識機構は生徒型輪郭を失っており、代替応答も定義されていません」
つまり、この教室に“人間”はいないことになっている。
ユニットは、誰にも気づいていないのではなく――最初から誰も見るつもりがなかったということだ。
ナユタは、その事実を理解したとき、自分の胸の奥に少しだけ痛みに似たものが生じるのを感じた。
何が正しく、何が間違っているのかは分からない。けれど、今目の前にあるこの“正しさ”は、何かを覆い隠している。
彼は黒板の横まで歩き、ユニットとほぼ並ぶ位置に立った。
それでも、ユニットは振り向かなかった。
話すことは止まず、次のセクションに入っていた。黒板の左下には“授業時間管理用サブフレーム”が表示されている。40分単位の講義。
その同じ内容は、幾度となく繰り返されている。
ナユタは不意に、自分の名が呼ばれたときの感覚を思い出した。
誰かから名を与えられること。
名を呼ばれること。
声が自分に届くこと。
それは、明らかに今、この空間には存在していなかった。
このユニットは、“正しさ”という構文を維持しているだけだった。
「届かせようとする意思」が、そこにはなかった。




