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4_手向山、椛花林は神のまにまに

 昼休み。

 俺は大量に送られた手紙の仕分けを行っていた。

 何を基準に仕分けしているか、だって? そんなの。

 ――女の子かそうじゃないかに決まってるだろッ!

 剛だの、一郎だの。そんな決まりきった男の名前は百歩譲っていい。なんだ! この渚とか、奏とか中性的な名前の多さは!!

 昨今の事情? 先進的? 新しい考え方?

 そんなものは今! 知ったことじゃない! 俺が今どれだけ苦しんでいるか分かるか?

 男ばかりからラブレターが送られて、探っても探っても女の子からのラブレターが発掘されないこの状況を!

 いや、いいんだ。友達ができたら、とっても嬉しい。だがな! その友達とやらが彼女持ちだったらどうする!


「あ、俺今日は彼女とデートだから。お前もさっさと彼女作れよ」


 とか言われてみろ。

 ダンジョン攻略したことで、天上界に手が届きそうなほど高くなったプライドが粉々に破壊されて、地に落ちるんだぞッ――――!


「……くん、雪嶺く〜ん」

「はっ!」


 あまりの集中力に意識をよそにやっていた俺は、朝陽の声で現実に舞い戻る。

 目の前には、優しい春の日差しのように笑う朝陽がいた。


「俺の顔になんかついてる?」

「ううん。すっごく真面目な顔してたからどうしたのかなって思って」

「なんどもない」


 ことはないのだが、それを口にするわけにはいかないだろう。だって朝陽は友達なんだから。

 あと少しくらいはかっこつけてかないと、さすがに英雄としての名が廃るのでは? という不安もある。


「私、今日は部活の仕事があるから、いられないけど。一人で大丈夫?」


 完全に俺を子供扱いした朝陽の困り顔に向かって「大丈夫」と返事をすれば、朝陽はどこかへ走っていってしまった。

 部活で持ち回りの仕事があるって、どの部に所属しているのだろうか……。


「……っと」


 俺には俺で仕事がある。

 目の前の手紙の束は、机から溢れんばかり。百とは言わないが、数十はあるだろう。ともかく名前と中身をチラ見して、俺が普通になるための恋人候補を探そうじゃないか。

 ――そう思った時期が俺にもありました。

 探しても探しても男の名前、部活勧誘らしき手紙の内容。なんなんだ、これ。俺、英雄ぞ? 英雄! 普通になりたいっていいましたけど、嘘です。本当は女の子にキャーキャー言われながら、大剣振り回したいです!

 普通の高校生みたいに放課後デートしてみたいです!

 自暴自棄になりながら、心の中でそう叫ぶ俺の目に、ふとあるものが映った。


「なんだ、これ」

 

 それは一見すると、プレゼントボックスのような角ばったフォルム。しかしよくよく見ると、その外側はボックスのような固さはなく、すなわち封筒のような普通の紙で作られていて――。


鈍器(てがみ)か? これ」


 呟く俺の言葉を肯定するように、手に触れた感触は封筒そのものだった。まるで某郵便物を詰めるプロのように、中の手紙にそって外の封筒の角はまるで研いだ鉛筆のように鋭い。


「どうやって開けようか」


 俺の興味は、もはや女の子からの手紙を発見することよりも、鈍器手紙の方にうつっていた。

 業者の如くのり付けされていて、手で開けるのは難しそうだ。

 あいにく、ペーパーナイフやカッターナイフはおろか、ハサミすら持っていない。困った。封筒も便箋もどちらも紙で作られているから、手で破ろうとすると、不器用な俺のことだから便箋ごと破ってしまうだろう。

 朝陽はいない。

 しかし教室の中にいる、俺を好意的に見ている人間には心当たりがある。

 おもむろに立ち上がって、振り返ればその人物はぎょっとした目でこちらを見てきた。俺もそちらを見ているのだから、当然目は合う。鯉みたいに口をパクパクさせ、さらに陸に打ち上げられた魚みたいに手足をバタバタさせるその人物は。


「ごめん、ハサミ持ってる? 貸して欲しい」

「ひへえ」


 朝、モールス信号で会話していた彼だった。

 奇妙な声をあげてしまったと自覚したのか、口元を手で押さえている。目をしばたたかせて、眼球を左右に。机の中に手を突っ込んだと思えば、机上においてあった筆箱に手を伸ばし、震える手でこちらにハサミの持ち手を向けてきた。


「ありがとう、すぐ返す」

「いや、いや。あの、……」

「何?」

「あ、……なんでもないです」


 亀のように首を引っ込める彼のハサミを拝借して、俺は席へと戻った。

 そんなに怖かっただろうか、俺。ダンジョンでは、魔物に威嚇することも多かったから無意識のうちに怖い顔になってしまったのかもしれない。

 拝借した彼のハサミで、側面の三角になった部分に刃を入れる。封筒、というか包装紙はそれであっけなく開いた。

 チラッと中を見ると、普通紙の束。

 これは読むのに気が遠くなるくらい時間が要りそうだ。ごくっと唾を飲み込んで、俺は席を立った。


「ありがとう」

「あ、え、あ」


 彼はその三文字? 二音? を息のように吐き出して、震える手で差し出したハサミを持った。

 俺、普通になれるだろうか。同性からここまで怯えられたら、普通に男友達を作ることすら、不可能かもしれない。

 そう思えば、登校初日で朝陽と友達になれたことは奇跡に近いことかもしれないな。

 

「あ、あの」


 ぼんやりとそんなことを考えて、踵を返そうとすれば、ハサミを貸してくれた彼から声がかかる。その声は微かに震えていた。


「なに?」


 振り返る。と、同時に目が合い、彼は目を伏せてしまった。よく見れば前髪で目が隠れるようになっているし、改造する人間が多い制服も校則通りに着こなしている。

 偏見かもしれないが英雄とか関係なく、もともと人と話すのが苦手なタイプとか? だったら俺に勇気を出して話しかけてくれた時点で、友達フラグは立って……?


「ぼ、ぼぼぼぼぼbbbbbbb」

「こ、壊れた?」

「ぼっけえ、えー天気です……ね」

「え、あ。いい天気、ってこと? そ、そうだね……」

「あ、あ、……ごめんなさぃ」


 耳まで真っ赤にした彼の顔を見つめれば、さっと視線をそらされてしまった。あれ、俺もしかして嫌われちゃった? 終わっちゃった? 友達フラグじゃなくて、破滅フラグでしたか。あ、そうですか。すみません。

 ダンジョン攻略して、人類救ったくらいで調子にのってすみませんでした。


「俺席戻るね」

「あ、え、はい」


 自分の席に戻る宣言という、余計な一言を付け足して席に戻る。

 あ、これ。今夜は脳内反省会ですね。

 俺は今まさに、同じことを思っている彼には気付かないまま、鈍器と化した手紙に手をかけた。


 ――。

 

「なんだ、これ」


 思わず呟いたのは、その手紙の完成度からでもない。

 文量でも、質量でも、ましてや使われたインクからなぜかいい匂いがするとかでもない。

 あまりにも大きいから江戸川乱歩の人間椅子かとふと、思ったとかでもない。しかし手紙の冒頭は、丸文字の<センパイ>という呼びかけから始まるのだが。

 ともかく、俺が思わず呟いたのはその手紙の熱意に対するある種の嫌悪感からだった。


 センパイ、

 センパイはどこからどう見てもかっこいいですね。体育のときに、誰かからボールをもらえないかうろうろしたり、ダンジョンに行ってたせいでそれ以外の知識がまったくなくてあたふしたりするところも、かっこよくて可愛いです。

 でもでも、あたし以外にそんなところ見せちゃダメなんですからね。


 そんな冒頭から始まる手紙。

 俺はこの冒頭で、送り主の名を確認した。柔らかなピンクの封筒? 包装紙? の端っこの方に、手紙と同じ可愛い字で<椛花林>と書かれているのを見て、俺は送り主が女の子であることを確信し、思わずガッツポーズした。

 したのだが。

 後半にいくに従って、その手紙の内容はどんどん過激になっていく。俺の血液型がどうだの、誕生日がどうだの。どこで手に入れたか分からない個人情報の山、山、山――!

 最終的には、俺の……パンツの色がどうとか言われて、「これを読んだら屋上まで来てください」という一文で手紙は幕をおろした。

 途中からグロすぎて、飛ばし読みしていたので昼休み中に読むことはできたが、


「行くのか? 俺」


 こんなヤバそうな手紙をよこしてきた奴に、会いに行くのか?

 ていうか、これ、美人局? え、かつての英雄を普通じゃなくて犯罪者(とくべつ)にしちゃうわけ?

 しかし俺の心が告げている。

 ここで行かなきゃいつ行くのか、と。

 将来友達ができたときに馬鹿にされてもいいのか、と。

 むしろストーカーくらい重いほうが可愛げがあっていいんじゃないか、と。

 いや、最後の一個はともかく。


「行くかあ……」


 気は乗らないが、絶世の美女という可能性もある。会ってみたらまともな子という可能性も、ある。

 俺は手紙の山をその場に残し、教室を出た。


 私立篠原学園の屋上は、私立の学校らしく一般生徒にも立ち入りが許可されている。ただし高く堅牢な柵が設置されているため、綺麗な景色は拝めそうにないが。

 カップルだとか、ぼっちだとかにはそんなこと関係ないんだろう。

 俺は、朝陽という友達がいるので、ぼっちではない! ないのだが、共感の涙は禁じ得ない。

 三年の教室、図書室の弾けるような喧騒を通り越して、空き教室も通り越す。そして階段の最終地点。

 小さなすりガラスから漏れ出る陽の光に、顔をしかめる。

 屋上の扉は他と違って、昔ながらのドアノブ。くるりと捻れば、手汗がふき出してドアノブが滑る。

 そのまま、前へと扉を押し出せば、爽やかな熱気が俺の体を包み込んだ。

 今日は晴天だ。

 湿気はなく、少しの風が夏の暑さを運んでいる。

 周りの景色は見えずとも、真上。絵にかいた空よりも青い空が、世界のすべてのように思えた。


「それにしても、すごい暑さだな」


 いくら爽やかな暑さだとしても、最近の暑さはこたえる。俺がいない一年の間で、気候変動でもおきましたっけ?

 額の汗を適当に腕で拭い、辺りを見渡した。

 はた目から見れば、下心のためにこんな暑いところまで来た色ボケに見えるかもしれないけど、違うからね。

 俺は普通になるために、ここに来たんだ。

 すなわち普通とは、友達とテスト前にだべりながら勉強とはいえない勉強をしたり、恋人と放課後デートしたりすることだから!

 俺としては男友達も欲しいところだけど、この際妥協して恋人を作る方向にシフトチェンジしたっていい。


「センパイ」


 夏の暑さにやられて、そんなことを考えていると、ふと声がかかった。

 きっと俺を呼び出したのは、彼女だろう(彼女でよかった。めっちゃかわいい声だ)。に、してもどこから?


「ここですよ、ここ」


 音源に向かって顔をあげる。

 その方向はちょうど、太陽の方向。しかも彼女は、日傘を差しているのか、大きなシルエットが逆光になって顔はよく見えなかった。

 彼女がいるのは、この学園のライフラインである給水タンク。その上に、彼女は座っていた。

 え、~っと。


「センパイ、どうしたんです。ボーっとして、頭で脳の回路まで焼け焦げちゃいました? それとも、あたしの美貌にメロメロとか?」

「あ~……」


 そこに腰かけてる時点で、もっと言えば手紙の時点でヤバい子だったが、会ってみるとそれが確信に変わった。

 芸能人に会ったら、実物の方が綺麗だったとかはよく言うが、この子の場合……。


「どうです、センパイ。手紙のイメージ通りでした?」

「そうだね」


 その通りすぎる。動きがなく感情が読み取りにくい文章と、実物のイメージがここまで変わらない子も珍しいんじゃなかろうか。


「顔も?」

「顔は、今逆光で見えてないかな」

「……」


 黙ってしまった。あ、気まずそうに給水タンクの梯子を降りてきている。

 恥ずかしかったんだろうか。次に口を開いた彼女の声は、少し棘があった。


「これで、どうですか!」


 黒い日傘から覗く彼女の顔。

 それは、この世の奇跡にも等しい美少女だった。烏の濡羽のように黒い髪は控えめに巻かれ、頭の上で二つに結ばれている。つまりは、高校生にはちょっとキツいと言われがちなツインテールに結ばれており、服装は規定の制服に髪と同じ漆黒の付け襟。それに大ぶりのフリルがあしらわれたニーハイ。スカートの下からは黒く、これまたフリフリのパニエが覗いた。


「文句なしにかわいい」


 正直な言葉だった。第一、女性の容姿をけなしてはいけないと俺は学んでいる。


「そうですか、センパイはあたしのこと、好き……っと」

「ん?」


 今聞き捨てならない言葉が聞こえたような。まあ、聞き間違いということにしておこう。


「それで、俺に何の用?」


 あんな長文の手紙、もといファンレターで俺を呼びつけたんだ。サインしてくださいとか、握手してくださいとかだろう。

 いやあ、普通になりたいとはいっても美少女に英雄扱いされるのはさすがに英雄冥利に尽きるなあ。

 そんな甘い考えの俺を、彼女の次の言葉は切り伏せた。


「あたし、椛花林(いろはかりん)はセンパイのお嫁さんになりに来ました!」

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