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3_雪嶺くんデータベース

 次の日も、俺は母さんに気付かれないように家を出た。もっとも、昨日は帰ってくるのが遅かったので起きていることはないだろう。

 それでも、俺は努めて音を立てないように玄関の扉を閉めた。

 ダンジョン攻略の報奨金があるので、しばらくコンビニ飯でも困らないだろうが、こんなことに報奨金を使っているとバレたらなんだか申し訳ない。

 ともかく今朝の俺には予定がある。

 足早に待ち合わせ場所になったコンビニへと向かえば、中にお目当ての人物がいた。 


「朝陽、お待たせ。待った?」

「大丈夫。外だったらヤバかったけど」


 笑いながら言う朝陽の額には、少し汗がにじんでいた。暑いだろうから、コンビニの中で待っていて欲しいと伝えておいてよかった。


「じゃあ、行こうか」

「ちょっと待って、俺コンビニ飯だから」

「そうなんだ」


 意外そうだ、という驚きを顔に滲ませる朝陽を連れて俺は店内を物色した。一年の時から何度か来たことのあるそこは、棚の様相や店員が変わりこそすれ大きく商品の傾向が変わっている様子はなかった。

 俺は気に入りのメロンパンとミルクティーを手に、レジに並ぶ。朝ということもあり、数人の会計が終わるのを待って、清算する。朝陽もラムネ菓子を手に、俺の後ろに並んだ。


「雪嶺くん、現金派なんだね」

「え? ああ、あんまり使い方分かんなくて」


 そういったキャッシュレス決済に火がついたのは、俺がダンジョンに潜った後で、完全に乗り遅れた俺は未だにキャッシュレスに手を伸ばせずにいる。

 スマホの使い方も正直、分かりきっていない。完全な浦島太郎状態。ともすればおじいさんよりも、機械オンチの自信がある。


「今度教えてあげよっか?」

「やっぱ便利?」

「ちょ~便利だよ」


 彼女は、キャッシュレス決済が可能だというアプリの画面を見せてくれた。商品裏にあるようなバーコードが画面上部にあり、下にはいくつかのクーポンらしきものがある。


「これは、さっきのコンビニ専用のアプリ。よく使うから入れてるの」

「専用とか、専用じゃないとかあるの?」

「あるよ!」


 それから学園につくまで、なぜか火がついてしまった彼女の説明をうんうん聞きながら歩いた。途中で紙のメモに、メモをとろうとしたらなぜか怒られた。

 この学園の下足箱は、扉があるタイプ。ない学校も多いらしいが、俺はこの形がなんだかノスタルジックで気に入っている。小さなものなら空いたスペースに入れることが出来るし。

 扉を開ける。

 その単純な動作。どこにも違和感を感じるはずはないのに、俺はなぜか落ち着かない気分で、その機械的ともいえる動作を行った。


 ――ドサアアッ。


 その効果音が示すものは一つだろう。例えば桃太郎における、どんぶらこどんぶらこみたいな、桃が流れてくるとき以外使われないオノマトペ。

 それはすなわち、大量の手紙が落ちてきた音。

 ガンッ。は、何か重みのあるリボンつきの箱が落ちてきた音。

 カラン、カラカラッは、お菓子箱らしき缶が落ちてきた音。

 

「あ、え?」


 戸惑う俺に、すでに履き替えたのだろう朝陽が笑いながら近付いてきた。


「雪嶺くん、モテモテだね」

「モテモテ?」


 とは違う気がするけど。拾い上げた手紙の端っこには、<米山陸>って書いてある。男だろ。どっからどうみても。いや、嗜好や思想は自由だけど俺にそっちの気はないぞ。


「ほら、見てみて。この封筒かわいくない?」


 朝陽が差し出した封筒は確かに可愛かった。ピンク色で、ほわほわした兎が端っこに描かれている。いかにも女子。だけど、その封筒の端。そこには、いかつめの文字で<秋月創平>と書かれていて……。


「なんで男ばっかなんだよ」


 見れば見るほど男の名前、男の名前、どこにも女の子らしき名前は見当たらない。時々、<楓>とか<葵>とか見かけて中身を開けてみても、そこには陸上部の勧誘だとか一緒に筋トレしようだとか、女の子がラブレターに書く内容とは思えない文字列ばかりが並んでいる。

 嘆く俺の肩にポンッと朝陽の手が置かれる。

 なぐさめのつもりか――!


「仕方ないよ」

「何が!」

「雪嶺くん、英雄だもん。強いとか、男らしいとか色々噂広まっちゃって、ほら、男の子って……そういうの好きじゃん?」


 女の子の視点から、手さぐりといった具合に分析する朝陽の言葉はもっともだった。俺だって冒険者適性がなくて、ダンジョンに潜ったことがなかったら手紙の主みたいになる自信はある。

 でも、だからって。

 女の子からの手紙が一通もないのは、おかしくない?


「雪嶺くんすごすぎて、近付けないだけだって。……ね?」

「そんなわけ」

「あ、でもでも。これに返事を出せば友達になってくれたり?」


 それは。


「確かに」

「でしょ? 正直、男の子がどうやって友達になるか分からないし、名案だと思うんだけど」


 手紙なんて生まれてこのかた書いたこともないが、あちらがこちらに興味や好意を持っているという状況は存分に使わせてもらおう。

 初対面で話しかける、というもっともハードルの高い行為はしなくてもいいのだから。


「とにかく。手紙を教室まで運ぶの、手伝ってもらっていい? 多分落とすから」

「もちろん」


 両手に手紙の束を持っている人間が二人、廊下を歩いているとすれ違う視線は当然のようにこちらを向いた。

 中には手紙の主もいるのだろう。ときおり、熱っぽい視線を送ってくる奴もいた。

 

「ふぅ……」


 教室の机の上に、ドサアッ……と手紙をぶちまけるように置く。この数を読むのは、だいぶ骨が折れそうだ。

 スクールバックに手を突っ込んで、空のクリアファイルを取り出す。朝陽に運んでもらった分と自分で運んだ分両方の手紙を、その中に突っ込んで。

 困ったのはお菓子の箱だとかプレゼントらしき箱。

 一人で食べきるのは、ちょっと大変そうだ。母さんにも、あげる気にはならない。


「朝陽、これ食べる?」

「いや、無理無理無理無理」


 焦ったようにリズミカルに拒否される。俺が疑問を口にする前に、朝陽はその答えを自ら語り出した。


「だって、雪嶺くんに食べてもらいたくて送ったものを、私が食べたら冗談じゃなく殺されちゃうよ」

「そうか?」

「そうそう!」


 英雄パワーって俺が思っているよりも、ずっと大きいのだろうか。

 そういう風に断られたら、事情を知らない誰かに配って歩くわけにもいかないな。


「まあ、甘いのは嫌いじゃないし」


 俺が何気なくそう言った瞬間――。

 ガタッ。と後方の席に座っていた男子生徒たちが、慌てたように顔を見合わせていた。その音があまりにも大きかったから、何事かと後ろを見ると、さらに慌てたのか椅子から落下して尻もちをついてしまっていた。


「大丈夫?」


 それは人間なら、誰しもが発するような一言。誰かを心配すれば自然と出てくるような、言ってしまえば意味もない一言といってもいい。

 だけど、彼にとっては意味のないものではなかったらしい。


「だ、だっ! だ、だ、だ、ddddd」


 頬が染まるとは。

 火照るとは。

 紅潮とは、このことかと思わせるような、お手本みたいな赤面。

 男子生徒は、登るように椅子に座って俺が前を向くまで顔を伏せながら息を整えていた。


「どういうこと?」


 朝陽に耳打ちする。極力、彼に聞こえない音量で。

 すると朝陽は、よくぞ聞いてくださいました、と言いたげな顔でスマホを取り出す。猫の描かれたカバーが可愛いやつ。


「これこれ」

 

 朝陽が俺に、スマホの画面を見るように言う。

 そこに表示されていたのは、手作りのサイトのようだった。企業が作るようなスタイリッシュさも機能美も兼ね備えていない、いかにもプログラミング初心者が作りましたというような張りぼてのサイト。

 だが、基本機能は十分に備えているようだ。

 トップには<雪嶺一冴データベース>と書かれている。その下には、俺の……俺の個人情報がこれでもかと列挙されていた。誕生日や血液型、どこから漏れたのか携帯番号まで載っている。え、これ犯罪じゃない?

 さらに朝陽がタブを切り替えれば、掲示板のようなページに切り替わる。


 @250001 8:04

  >甘いもの好きってマ?


 @260001 8:05

  >嫌いじゃないって言い方だったけど


 @250001 8:05

  >おk更新しとくわ


 そこからの会話はない。

 現在時刻、8時7分。これリアルタイムで会話してる?

 そこまで思うと、俺の脳内を知ったかのように、朝陽が先ほどの俺の個人情報ページを更新し始めた。

 ポンッ。という軽快な音とともに表示されたのは、newの赤文字と<嫌いじゃないもの>という個人情報の項目とは思えない項目。

 そしてその隣には、しっかり甘いものと書かれている。

 俺は恐る恐る、朝陽に質問をぶつける。


「これ……何?」

「見ての通り、雪嶺くんの情報を集めるサイト」

「なんで」

「そりゃあ、()()の情報を知りたいと思うのは、オタクとして当然のことでしょ」

「誰が」

「さあ? 学校の裏サイトみたいなものだから、管理人は分かんない。なんでも、昔あったものを雪嶺くんのために復活させたとかなんとか」

「嘘だろ」

「ほんとだよ」


 俺のために、そんなことするか? 普通。

 こんなの本当に……


「アイドルみたいだね。雪嶺くん」

「今すぐ止めて欲しい……」


 切実な呟き。

 俺の普通ライフのためには、こんなファンサイト。邪魔以外の何物でもない。それに、いくら秘匿性のある裏サイトといえど、個人情報を勝手に掲載されるのは聞いていない。

 やっと、無数の手紙の主たちとお友達になれると思ったのに。

 するとクラスの後方。先ほど、椅子から落下した彼が急いでスマホに何かを打ち込み始めた。


 その様は、本当のプログラマのような形相で。音の出ないキーボードを叩き終わったであろう彼は、すべてを終わらせたような誇らしげな表情を浮かべ、しばらくすれば冷静になったのか先ほどと同じ赤面を浮かべた。


「なんだったんだ……?」


 ポンッ。先ほどと同じ軽快な更新音。朝陽が何かに気付いて、更新ボタンを押したのだろう。俺はその結果を見るために、再びスマホに目を移す。


「えぇ……」

「消えちゃったね」


 <404 NotFound>。サイトのページが消えたことを示す文字列に、俺は半ば肩透かしを食らったような気持ちになる。

 俺の一言で、サイトが消えたってこと?

 え、怖い。


「まあ、推しの嫌がることはしないってことかな?」

「ありがたいけど」


 逆に崇拝というか、俺のことを神か何かだと勘違いしてそうで、怖い。


「よかったね」

「よかったけど」


 とりあえずは安堵。けれど一抹の不安が胸をよぎる。

 俺のために、サイト一つ完成させてしまうような連中が、これくらいのことで諦めるのだろうか。

 

 ――トンッ。トンッ。


 それは物を書くとき、薄い紙を隔ててシャーペンと机がぶつかるときの音。

 しかし、恣意的な何かを含み――。


「何、あれ」


 後ろを見ると、先ほどの男子生徒たちが並々ならぬ気合を入れてシャーペンを机にぶつけている。それは当然、何かを書くような動作じゃない。シャーペンを机にぶつけることで、音を立てることが目的のような動作。


「モールス信号?」


 朝陽が呟く。

 その言葉をきっかけに意識してみれば、確かにトンッとシャーペンをぶつける以外にも、紙に線を引くような動作をすることもある。

 以前ダンジョンで、モールス符号を使って会話したことがある。だから意味は分かると思ったが。


「なんだこれ」

「和文?」


 朝陽の疑問符が、俺のこめかみを刺激する。

 ダンジョンに潜っているとき、俺のパーティには外国人がいた。日本語が話せたので、日常会話には問題がなかったが、モールス信号だけはもとのアルファベットを用いていた。だからパーティ全体も彼に従い、アルファベットのモールス符号を用いていた。


 今、教室で行われているモールス信号の会話は、和文のモールス符号を用いている。

 だから俺には、理解できない。


「いや……お前ら」


 誰に聞かせるでもなく呟く。

 クリアファイルに入れられた、大量の手紙がモールス符号で書かれていないことを願いながら。


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