閑話***親友
皆様のおかげで受賞の運びとなりました。
本当に、ありがとございます!
第4章執筆中ではございますが、感謝の気持ちを込めて、番外編を投稿いたします。
ペンシルニア公爵邸をこの日訪れたのはカーランド侯爵家の豪華な馬車だった。
中にはマリーヴェルの親友、ベラ・カーランドが乗っている。
馬車が遠くに見えてからずっとそわそわと待ち構えていたマリーヴェルは、御者が扉を開けると耐えきれずに駆け寄った。
まず出てきたのはトーマ・カーランド。ベラの兄だった。
トーマが馬車の中へ手を差し出すと、中からベラが出てきた。
「ベラ!いらっしゃい!」
「マリー、久しぶり!」
「トーマ、ベラ、歓迎するわ」
シンシアの出迎えに二人は完璧なお辞儀をした。
ベラはそのままマリーヴェルの前に行き、一応お互いきちんとカーテシーをしてから、きゃあっと手を取り合って再会を喜んだ。
再会、と言ってもほんの7日ぶりだ。
シンシアから見れば一瞬だが、2人にとってはかなり長い時間だったようだ。
この2人はほとんど毎日手紙のやり取りをしているから、エイダンなんかはよく飽きないな、と呆れている。
分かるわ。女友達とのやりとりって時間を忘れるのよね。何話したかも忘れるけど。
「あ、ベラそのドレス!」
「ふふ、わかる?これね、私をイメージして作ってくれたんですって!」
ベラはサラサラの長い髪をふわりと後ろへ流してくるりと回って見せた。こういうドレスの趣味が合うところも、2人が仲がいいところなんだろう。
ドレス談義に花を咲かせている。
「——トーマ、ごめんなさい。エイダンが少し遅れていて。案内させるから、少しお茶でも飲んで待っていてくれる?」
「はい」
トーマとエイダンも、幼いころから両家の付き合いで何かと顔を合わせている。ベラとマリーヴェルとは対照的につかず離れずと言った様子で、お互いに適切な距離感を保っているという印象だ。
気が合うわけでも、合わないわけでもない、と言ったところか。男の子はよくわからない。見た様子では貴族としての付き合いを続けている。
今も、もうすぐ行われる両家合同の慈善事業の話し合いに訪れている。時々こういう仕事から後継として色々学んでいく、お勉強の一環でもあるのだが。そういう仕事の付き合いではそつなくこなしている付き合いだ。
ベラはトーマを「面白味のない真面目君」と評し、マリーヴェルはエイダンを「優等生の殻を被った堅物」と評している。
妹達からすれば似た者同士らしいが。
「お母様、行っていい?」
「ええ」
シンシアが許可を出した途端に、2人はぴったりとくっつきながらマリーヴェルの部屋まで歩き出した。
それを見送ってから、シンシアはトーマを側にいた使用人に任せた。
マリーヴェルの部屋に入って、ベラとマリーヴェルはしっかりと扉を閉めた。
お茶はいらないから二人で遊ぶ、と言っておいたので誰も来ないはず。
そのはずだが、二人は敢えてきょろきょろと辺りを見渡した。
「——大丈夫ね?」
「ええ。大丈夫よ」
部屋に二人っきりだと思うと、もう興奮が止められない。二人はひそひそ声のまま歓声を上げた。
「どういうこと、どういうこと!」
「私の台詞よ、ベラ、どういうこと!」
繋いだ手を忙しなく動かしながら、2人はベッドに掛け込んだ。そのままシーツを被る。お行儀は良くないが、これでますます、秘密の話にふさわしい。
ベラはすっと手紙を出した。
それを見てマリーヴェルも手紙を出す。
「ここに書いてる、ブリジェンドって、あの伯爵家の!?」
「マリーこそ!侍従って、あの、例のあの人でしょ!?」
興奮しすぎて息がはあはあと荒くなる。
マリーヴェルはベラへの手紙に『今日も侍従とお勉強がはかどっている』と書いていた。ベラはマリーヴェルへの手紙に『ブリジェンドって、馬車でどれくらいかしら』と書いていた。これだけで、2人はお互いに察した。何故なら、恋に落ちたらお気に入りの恋愛小説と同じ暗号を使おうと話していたからだ。サインをいつもと反対の斜めに書く。
その手紙がお互い同時に届いた。2人とも信じられなくて、今日まで眠れなかったほどだ。
「——駄目だわ。一旦落ち着きましょう。話が進まないわ」
「そ、そうね。ベラ、貴方からどうぞ」
息を整えて、ベラがふう、と息を吐いた。その目はキラキラに輝いている。
「あのね。私、学園で最近図書館がお気に入りなの。新しい小説もたくさんあるのよ。毎週通っていたの。ブリジェンド伯爵のご子息は図書委員でね。そのうち、話しかけてくれて・・・。話すようになったの」
「きゃー!!」
マリーヴェルは両手を顔で覆った。聞いているだけでなぜか恥ずかしい。でも聞きたい。
「素敵!素敵よ、ベラ。それで、その人はどんな人なの?」
「とにかく、物知りよ。何を聞いても答えてくれるの。落ち着いた藍色の髪色に、眼鏡の奥のアクアブルーの瞳。私と同じ、水属性なの。それでね、彼のおすすめの本って言うのが、いつも本当にセンスが良くって」
「ベラってば、昔から知的な人が好きだものね」
「ええ。マリーは筋肉でしょ?」
青い瞳に見つめられて、マリーヴェルは迷いなく答えた。
「そうね」
「じゃあ、その侍従も逞しいの?えっと、なんていう名前だっけ」
「アルロ」
言って、マリーヴェルはぽっと頬を赤らめた。
「名前も素敵でしょ」
「うーん、わからないけど。すべてが素敵に見えるのは、わかるわ。私もブリジェンド様の背中に付いた髪の毛が、もう愛しくて恋しくて・・・そう、尊いの。触れることもできなくて、苦しかったもの」
「重傷ね」
「ちょっと、急に冷めないでよ」
あれもこれも素敵、と散々言い合ったら、少し落ち着いてきた。2人はそろりそろりとベッドから出た。
「——いいなあ。マリーは。毎日会えて」
「でも、その分すごく・・・難しいわよ。自分がどんな顔をしているのか、わからなくなるの」
「わかる!普通に笑えてるのか、こんな声だったっけ、って」
マリーヴェルは何度もうなずいた。
「アルロの前ではいつも綺麗でいたいのに、朝から晩まで一緒にいたら、そうもいかないでしょう?」
「そうね。ああ、でも私は羨ましいなあ。朝から晩まで一緒だなんて。——家族みたいじゃない」
「家族・・・」
マリーヴェルは少しいたずらな顔をして、そっとベラの耳元で囁いた。
「ベラ・ブリジェンド。響きはいいわね」
「————————っ!!」
ベラは顔を真っ赤にして固まった。
「やだ!マリー!はあっ・・・」
「何、その声」
マリーヴェルはおかしくなってくすくすと笑った。
その時、ノックの音がして、2人はぴたりと止まった。
すっと立ち上がって、さっとドレスの皺をのばす。こうして一瞬で澄ました顔をして居住まいを正せるのも、息ぴったりな2人の身に付けた技である。
お互いにちゃんと髪型も確認する。
「どうぞ」
「失礼いたします」
入って来たのはアルロだった。
マリーヴェルが何食わぬ顔で微笑む。
「どうしたの?」
「エイダン様がお帰りになって、ご用事がお済みになったようで。奥様が、皆でお茶でもどうかと言われています」
マリーヴェルとベラは顔を見合わせた。ベラが頷いたので、マリーヴェルも頷く。
「そうね。たくさん話して喉が渇いたわ」
2人で歩き出そうとして。
「——あ、お嬢様」
アルロが呼びかけて反応したのは、ベラだけだった。マリーヴェルはそう呼ばれることはないので。
「リボンがほどけています」
「あら、本当だわ」
ベラのドレスの、後ろで大きく結ばれていたリボンがほどけていた。
「メイドを呼びます」
「貴方でいいわ。結んでちょうだい」
ベラがアルロに背中を向ける。アルロはすっと進み出て、慣れた手つきでリボンを結んだ。しかも、ただのリボン結びではなくちょっとおしゃれに花のように結ぶ。
マリーヴェルとのお人形遊びでいろんな結び方はマスター済だ。もちろんタンに実用的な縄の結び方も教わっているが。
「——できました」
「ありがとう」
ベラがお礼を言ってマリーヴェルに目配せする。やってもらっちゃった、と言うように。
マリーヴェルが肩を竦める横で、アルロはふと使われた形跡のない椅子に気づいた。そしてシーツが団子になったベッドも目に入る。そう思ってみれば、2人の頬はまだほんのりピンク色に上気していた。
「あ・・・姫様も」
アルロがそう言って、マリーヴェルの襟元のレースをさっと整える。少し歪んでいた。
アルロがベッドを見ながらふっと微笑った。
「お二人で、楽しく遊ばれたんですね」
マリーとベラは息を飲んだ。アルロのふわりと綻んだ顔から、目が離せなくて。
アルロの黒い瞳がすっと細められると、なんというか、色気のようなものが滲み出てくる。
こうして屈託なく微笑むと、ずっと背負ってきた影の名残か、子供のはずなのに、幼さだけ置いてきたように妙な大人の雰囲気が出るから。
「では、こちらへどうぞ」
アルロがそう言って先を歩く後ろに、なんとか二人手を繋ぎ支え合ってついて行った。
「マリー……マリー、ア、アルロってあんな顔するの?」
「しっ。声が大きいわ。——ちょっと、何て顔してるのよ!ベラには愛しの君がいるでしょ」
外見上は平静を装って何とかお茶会の席に着いたマリーヴェルとベラに、エイダンとトーマの声が重なった。
「どうしたの、顔真っ赤だよ」
親友と一番盛り上がるのは、やっぱり恋バナ・・・?
お待ちいただいている方もそうでもない方も、お久しぶりでした…!感謝の気持ちを、投稿以外でお伝えする方法が思いつきませんでした…。
どうかもう少しお待ちくださいませ。
もうあっという間に年が変わりますね。
みなさま、お元気で!