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【8/1書籍①発売】異世界で、夫の愛は重いけど可愛い子どもをほのぼの楽しく育てたい  作者: サイ
第3章

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31. 春の祭典

 春の祭典。

 春の光が眩しい快晴の日だった。

 祝福されたようなその日、王都の大通りを王族の花馬車が通る。

 4頭立ての豪華な4輪馬車は色とりどりの花で飾られていた。マリーヴェルが目を輝かせている。

 アルロと一緒に何やら話しながら馬車を見ている。花の名前を聞いているようだ。マリーヴェルの好きそうな香りの花を選んでアルロが指さしていた。——普通に話せているようで、よかった。

 ソフィアはタンに抱き上げてもらって花を見ていた。皆礼服なのでしわになってはいけないから、エイダンの横にいたタンに頼んだのだろう。タンは寡黙なまま、ソフィアを連れて花馬車を一周歩いて回って見せてくれていた。

「——ああ、なんだか懐かしいわね」

 この乗り込む前の空気感。

 金銀の装飾が眩しくてシンシアは目を細めた。

 湖のほとりに建てられた今日限定の陣営のようなところから、馬車に乗り込んで出発する。

 馬車には既にオルティメティが乗っていた。

 国王の伝統的な式典の礼服は赤色が多く、オルティメティの赤い瞳とよく合っている。センスのいい装飾はイエナの趣味だろう。

 シンシアの隣にいるライアスの礼服は黒だ。少し丈を長くして帯剣が目立ちすぎないようにしている。臣下の立場を強調するために黒にしたものの、それが却ってライアスの男前を引き立てていると、シンシアは思っている。

 差し出された腕にそっと手を乗せた。

「シンシア、美しいです」

「ありがとう。貴方も、素敵です」

 そう言って微笑み合ってから、シンシアは子供達を見る。準備は万端のようだ。

 エイダンは本来ならばアレックスと同じく赤い礼服で良かったのだが、髪色が赤なので、ちょっと目がチカチカする。ライアスと同じく黒に揃えた。髪色も服も親子お揃いで、オルティメティにはミニライアスと呼ばれている。

 黒にしたと言っても、飾り紐が豪華だから決して地味ではないのだが、ペンシルニア公爵一家の人数の方が多いため、黒で揃えると暗くなってしまう。シンシアとマリーヴェルは春らしい薄いピンクのドレス、ソフィアは薄い水色のドレスにした。これで花馬車に乗っても華やかさは十分だろう。

 シンシアがライアスのエスコートで馬車に上がると、子供達も次々と乗り込んだ。

「こんなにのって、おもくない・・・?」

 ソフィアが馬を心配している。

「大丈夫だよ、ソフィア。あれは重量専用の馬だから、ほら、足が太いだろう?」

 オルティメティが笑いながら説明する。確かに、足もそうだが、首も太い。

「フィ・・・フィ!」

 出発の雰囲気を察してアレックスが不安そうにする。抱き上げようかと思ったが、ソフィアが手を握ると大人しく座った。

「そうして並ぶと、本当に兄弟みたいね」

 オルティメティとソフィアとアレックスが、色彩だけではなく顔もよく似ている。

「アレク、たっちゃ、だめよ?いいこで、すわってるのよ」

「ぁいっ」

「——返事が良すぎて怖いな」

 オルティメティが普段と違う我が子に顔を引きつらせる。この頃はこの3歳児に随分と手を焼いているようだ。

 その三人を前列に並べて、後列にライアスとシンシア、エイダンとマリーヴェルが乗り込む。

 やがて馬車は湖を出発した。

 湖を出れば、すぐにメインストリートが見えてくる。既にそこはたくさんの人が花かごをもって待ち構えていた。

 その熱狂と共に、華やかに彩られていく道に子供達も目を輝かせて夢中になっていた。

 時々見知った町の人の顔と目が合う。それは子供の頃にはなかった景色だと、シンシアは昔との違いに感慨深い気持ちになった。

 行列は華やかに通り過ぎ、城に到着して式典へと続く。イエナも加わって執り行われた。神殿が主催し、国家の繁栄を祈る式典だ。王位継承権のあるエイダンも子供の中の年長者として立派に役目を果たした。貴族がずらりと並ぶ中でも気後れせず口上を読み上げている。こういう場では、普段のふざけた少年の顔は消え去り、驚くほど大人びて見えた。

 春の祭典はそうして滞りなく終了した。




 そして、夜。

 シンシアとライアスはそろって髪を茶色く染め上げ、まとめて帽子の中に入れた。

 祭りの灯があるとはいえ、雑多な夜の祭りの中ではきっと目立たないだろう。

「そんな姿も素敵ですね」

 少し緊張した面持ちのライアスを解そうとしてシンシアは微笑みかけた。ライアスは少しだけ眉を上げた。

「本当に行くんですよね。——あなたは少しも美しさを隠せていません」

「はいはい、離れませんから」

 ライアスのフィルターで見たらそうかもしれないが、こんな格好の人間、街にはごまんといる。絶対に目立たないと思う。

 公爵家の中でも使用人が使う馬車に乗って街の入り口まで送ってもらい、ライアスとシンシアは楽し気に騒ぐ街の中に入って行った。

 まず目に入って来たのはビアガーデンのような雰囲気になった、広場の食事処だった。

「エールがあるよ!」

「ホットワインはここ!このチーズとよく合うよ!」

 ものすごい活気だ。大人たちがお酒を飲みながら色んな料理を食べている。

 一気に熱量が上がったような気がした。

「どうしましょう、ライアス。迷いますね」

「手が冷たいですから、温かい飲み物がいいのでは」

「ええ。・・・でも、迷っちゃうわね。どれも美味しそう」

 晩御飯を食べずに来てよかった。

 今日はデートだから、と夕食前に出てきたのだ。

 子供達は仕事と思っている事だろう。

「あちらへ行ってみましょう」

 ライアスが指したのはホットサングリアの露店だった。席も空いている。

 ライアスは慣れた様子で注文し、シンシアと樽で作られたテーブルに着いた。椅子はない。

 赤ワインに、たっぷりのドライフルーツと柑橘系のフルーツ、それに蜂蜜がたっぷりと効いている。飲んでみるとシナモンの香りが最後に抜けていった。

「——おいしい・・・!」

「シンシアは好きだと思っていました」

「また下調べをしてくださったんですか」

 いつも出掛けるとなると完璧すぎる下調べをする男だ。今回も部下に聞き込みをしたのだろうか。そう思って聞いたが、ライアスは少し微妙な顔をした。

「・・・実は、時々来ていました」

「何ですって!」

 そう言えば、式典は昼に行われるから、夜はいつも自宅で過ごしている。こういった祭典の日は警備が必要なので王室の騎士団は忙しい。ライアスが帰ってこないのはよくある事だった。

「ライアス、貴方・・・」

 てっきり警備に忙しくしているのだと思っていたのに。

「——いつも飲むわけではないのですが。その・・・ひどく冷え込む日は」

 どうしてそんな罪悪感をにじませたような顔をしているのだろう。

 前世の記憶からしたら少し驚いたが、野外で働く人がお酒を飲みながら働くのは、実はさほど珍しいことではない。昼の3時くらいに一杯飲んで、また働く、というスタイルの人もいるくらいだ。そういう文化らしい。

「職務中だもの、身体を温めるためにでしょう?」

「は、い・・・すみません」

 シンシアが来たがっていたのを知っているから申し訳なく思っているのだろうか。

「謝らないでください。巡回中にこんないい匂いがしたら、そりゃちょっと飲んで食べようってなりますよね」

 ホットサングリアと共にクラッカーを口に運んだ。カリッとチーズの味がして、美味しい。

 何杯でも行けそうだ。

 どこからか肉を焼くいい臭いもして来る。甘い香りも。

 周囲を見渡せば、それぞれの店がキラキラと花と灯りで飾り付けられている。空が見えない程眩しいくらいだ。

「おすすめの食べ物はあるんですか?」

「そうですね。あそこに、干しタラのフライがあるのと、あっちの一口コロッケと・・・あ、そこの酢漬けも美味しいと思います」

 結構知っている。

 シンシアはグラスを持ったまま、もう片方の手でライアスの手を掴んだ。

「じゃあ、コロッケ行きましょう」

 離れないと約束しているから、買って来てと言うのも、シンシアが買ってくるもの駄目だろう。

 ライアスはあっという間にグラスを飲み干してその場に置き、シンシアについてきた。

 ライアスのおすすめをいくつか食べてお腹いっぱいになった頃、人の波はそれぞれまばらに散り始めた。

「みんな、どこに行くんでしょう」

「水路です。花灯篭を流すので」

 街のメインストリートに沿うように流れる水路に、夜は花で彩った灯篭を流す。そうすると灯篭からの灯りで川が光の川のように見える。城からも公爵邸からも美しく一本の筋が見える景色だ。

「行きますか?」

「ええ!間近で見るのは初めて」

「見るだけではなく、流しましょう。灯篭を売る店が並んでいます。シンシアの言っていた、外国の珍しいものも」

 シンシアとライアスは指を絡めて手を繋ぎながら、ゆっくりと水路の方へ向かった。

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