表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/218

7.

「まずは、改めて謝罪いたします」

 テーブルに向かい合って腰掛けると、ライアスは真面目な顔でそう言った。

 濃い茶の瞳がじっと私を見つめる。

「お護りできず、襲撃を許し、申し訳ありませんでした」

「やめてください」

 ほっておくと膝をつきそうな勢いだ。

「ですが、私が貴方を置いて先に帰宅したのは事実」

 深刻な顔で視線を落とす。

「貴方は、息も絶え絶えに、仰ったではありませんか。——置いて行くなんて、ひどいと」

 まって。耳が少し赤くなってない?

 まあ、気にしないでおこう。

 私はコホン、と一つ控えめに咳払いをする。

「ひどいです、と言ってしまったのは・・・あれは、半ば朦朧としておりましたもの」

 確かにちょっと責めたい気持ちはある。

 でもそれじゃ何の解決にもならない。

「私がお会いしたいと言ったのは、そんな話をするためではありません」

 改まって言うとちゃんと視線を合わせてくれた。

 ぐっと身構えられる。

「結婚してから今日まで、貴方に言った事を謝りたいのです」

 瞳が見開かれた。

「今更、都合の良いことをとお思いですよね」

 ここは誠心誠意謝るしかない。私がしたことじゃないけど。——いや、私か?

 私は胸に手を当てて、軽く頭を下げた。

「顔を合わせるたびに、ひどいことを言いました。ごめんなさい。言った言葉は取り消せませんが。二度とあんなことは言わないと誓います」

「一体・・・どうしたのですか。突然、そんな」

「エイダンを産んで、生死の境を彷徨って・・・考えが変わったのです」

 そういうことにしておこう。

 私にもこの状況はよくわからないもん。

「私は、いい母になりたい。エイダンのために」

 ここは重要なところ。

 真っ直ぐにライアスの目を見つめた。

「あなたには、父親になっていただきたいのです。——そのためには、エイダンの親として、共に努力していきたいと思っているのです」

 ライアスは呆気に取られたような顔をしていた。

 衝撃、思いもよらなかった、そんな感じだ。

「私が・・嫌ではないのですか」

 嫌も何も、嫌うほどの関わりが今の所ない。私としては。

「——よくわかりません。ですが、夫婦ですもの。共に歩んでいけたらと思っています」

 ライアスがどういう人なのかわからない。

 とりあえずシンシアの記憶の中では、仇のような存在。いや、実際にそう思って憎んでいたのかもしれない。

 その辺のことは確かに気になるけど、とにかく今は父親として、いてもらわないと話にならない。

 屋敷に寄りつかない父親——そんなのエイダンにとって何も良くない。

 ライアスは何度か何か言おうと口を開き、言い淀みを繰り返した。

 夫婦、と小さく呟く。

 急に言われても困るだろうか。

 そもそもシンシアがライアスを嫌っていたのは、敬愛する兄を戦場で亡くしたから。王太子である兄が死に、当時共に出陣し、仲の良かったライアスが生き残った。

 そしてそれから1年も経たないうちに、婚姻が結ばれた。

 普通に考えて、何かあったんだろうなと思うけれど。

 シンシアはただただ、ライアスを責め、悲嘆に暮れた。そして憎み尽くしながら子供を産んで——。

「私は」

 ライアスがようやく口を開いた。

「お許しいただけるのでしたら、良き父、良き夫となるよう努めたいと考えます」

「まあ」

 私はほっとして、ぽん、と手を合わせた。

「良かった」

 顔が緩んで笑みがこぼれる。

 上司への意思表明みたいな回答だが、それはまあおいおい。

「——では、まず、ライアス様とお呼びしてもよろしいですか」

 一回呼び捨てにしちゃったけど。

「はっ・・・?」

「旦那様、の方がよろしいですか」

 ライアスは口元を押さえて視線を逸らした。

「い、いえ・・呼び捨てて下されば」

 妻が夫を呼び捨てにすると言うのは・・・あまりないはずだが。

「よろしいのですか?」

「はい」

「では、私の事もシンシアと呼んでくださいね」

 確か王女殿下って呼んでたよね。妻を殿下って。あんまりだわ。

「それはあまりにも恐れ多いのですが」

「ライアス」

 とりあえず無視して続けた。

「はっ」

「もう少し、屋敷に帰ってくることはできませんか?」

 エイダンが生まれてから会ったのはたったの2回。今で3回目。もう1年が経とうと言うのに。

 この屋敷は王宮からなんと馬車でたった15分の距離にある。帰ってこれないわけがないのだ。

「晩御飯か朝食を、一緒に召し上がるとか」

「私と、食事を・・・?」

 いい加減しつこいな、このくだり。

 いちいち驚くのはいつまで続くんだろう。

「お仕事がお忙しいでしょうか」

 結婚すると同時に騎士団長の職に就いた。そこからもうすぐ2年。そろそろ落ち着いてきたんじゃないだろうか。

「休日はないのですか?休みの日に共に過ごすなどもしていただきたいですが」

 ライアスは口元を押さえたまま、視線を落ち着かなく動かしていた。

 驚いているのか、何かに迷っているのかわからない。

「ライアス?」

 急には無理だったのだろうか。

「難しいですか?」

「私は・・・夢でもみているのでしょうか」

 ライアスが信じられない、と言いながらまじまじとこちらを見つめる。

「どこからが夢で、現実なのか・・・」

 おそるおそる手が伸びて、頬を撫でられた。

「柔らかい・・・」

 呆けたライアスに私は首を傾げた。

「ライアス?夢じゃないですよ」

 しっかりしてくれ。

 そう思って言うと、ライアスはがばりと勢いよく立ち上がった。

「——っ!失礼しました!私は、なにを・・・」

 大丈夫か?

「あまりに現実離れしていて、己の願望が見せる幻かと・・・っうあっ」

 慌てすぎて椅子に足をぶつけている。すごい音がしたが、大丈夫だろうか。

「ライア——」

「頭を冷やして参ります!」

 そう言って軍隊のように回れ右をして、かっ、かっ、と靴音を響かせながら姿勢良く去っていってしまった。

 ——なんなの?

 良き夫、良き父親、がんばります宣言はどうした。

 でも。

 私への嫌悪感はなかった。戸惑いばかり。

 ・・・まだ、望みはあると言うことだろうか。




 結局、ライアスはそのまま王宮へ戻って行った。

 襲撃の犯人捜査に奔走しているらしい。

 いないものは仕方ない。

 遊んでるわけじゃないだろうしね。——わからないけど。

 前世の夫を思い出す。

 長女の愛が1歳になった時。

「俺、来月、潜ってきていいかな」

 趣味のダイビングの計画を話された。

 この人は定期的に潜りに行く。大体1泊。

 いいけどね。

 息抜き、大事だよね。

 でも。

 行ってきますと言って行けちゃうんだよね、ゆう君は。

 もし私が1泊してくるってなったら・・。

 離乳食、オムツ、ミルク、そもそも1人で風呂に入れられないだろうし。夫のご飯どうするんだろ・・ってとこから、スタート地点から無理ってわかるから諦めちゃうけど。

「私も、1泊してこようかな」

 ちょっと言ってみる。

「へえ、どこに?」

「友達の家」

「いいじゃん」

 なんと、二つ返事で言ってくれた。

「息抜きも大事だよね。行っておいでよ。家のことは俺しとくからさ」

 あっさりすぎて、逆に心配になる。

 え、この人こんなにも理解のある人なの?

 請け負ってくれるんだ。え、どうしよう。子供と離れて1泊なんて。嬉しい。

 いやいや、心配でやっぱり無理かな。

 でもその気持ちが嬉し——

「でも子連れで泊めてくれる友達って誰?」

 何でセットやねん。

 心の中で突っ込んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
祖父母どころかご近所も子育て手伝ってくれるのが当たり前だった世代は今の夫婦だけで子育てする大変さわからんだろねぇ( ・ω・) プライベートが少なくなるし煩わしさも有ったから子育てが楽なのとどっちが良か…
本編2周目ですが、前世の夫の態度が酷過ぎて何故子供を3人も産んだのか、やはり全く理解できないです。
[一言] 前世の夫とのやり取りがリアルすぎて・・・。 よくわかります・・・。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ